そつてん2005

25日  東京藝術大学卒業修了作品展+東京五美術大学連合 卒業制作展を観ました。
27日  IAMAS卒展を観ました。


新伊秀策「色歌」

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新伊秀策氏の初の単行本がついに発売されました。前にも書いたが、かつて新伊氏は僕の絵の師でありました(今は心の師)。
画力に任せて強引に押し切るタイプでもなく、かといってセンス良くヘタうまを気取るわけでもなく。
氏が漫画を描いていると聞いた時、正直、どっちかだろうと勝手に思ってたんです(どちらであっても興味はあったのですが)。それが実際読んでみて、極めて実直に「漫画」を描いている、という印象を受けました。もちろん画は巧いですし(漫画の画って難しいんだろうな)、随所に氏のこだわりを感じ取れます。それ以上に、時代背景だったり心理描写だったり、画だけじゃない漫画というものをつくり込んでます。かなりプロ意識持ってやっているなぁという思いで感銘を受けました。
というわけで、この漫画、イチオシです(山形は店頭に並んでないかもしれないので、その時は注文してでも買おう。僕は予約して買いました)。


遠征行ってきます

見ること、また、やりたいこともあって、明日(24日)の夜行で東京行きます。それで、ふと思い立って、いっちょ岐阜の方にも足を延ばしてみようと思う。
やっぱりバスで行こうと思うんだけど、何時のバスがあるのか、どういうスケジュールで動けばいいのか、わかんね。どうしよ。もう半分勢いみたいなもんだし。
のんびり行きたいけど、そうもいかない。
東京までのバス、ネットで予約しようとしたら、早速つまづいた。空席があるのになぜか予約できない。
大丈夫、これは明日営業所で直接チケットを買えば大丈夫なはずだ。
あと、明日バイト行った時に休みをもらって来るのを忘れない。


探し物が見つからないって気持ち悪い

客観的に見て、僕の身の回りは散らかっているんだと思う。でも僕は決して整理整頓ができないわけではなく、その必要性をあんまり感じてないだけなんだ。それに一見乱雑の様であっても、自分の物は何が何処にあるかくらいは把握している。物を失くすなんてことは滅多にない。
はず、なのだが、このところ、探し物が見つからないということが頻発している。
無いはずは無いんだ。はずが無いことが起きているから、わけが分からない。あるべき場所にはないから、無いはずの場所を探す。でも当然そこは無い場所なんだから無いのだ。あるとか無いとかには絶対自信があるから、なおさら混乱する。その物自体はたいした物でなくても、無くても構わない物であっても、それが無いという事実が、記憶と食い違っている事実が、気持ち悪い。
今日も、ポケットに入れたはずの駐車券が、ない。
ポケットに無ければ、それは何処にも無い。と、思ってたら、財布にあった。


ジョイ閉店セールにて

バイトに向かう途中、ジョイリサイクル店に寄ってみると、閉店セールで全品100円というのをやっていた。店の中は空き巣に荒らされたかのように、ムチャクチャに商品が散らかっていて、それがかえって興奮した。
買ったものは以下の通り。
ポラロイドカメラ Instant 1000 DeLuxe
ポラロイド JOYCAMヒッパレー(フィルム付き)
ポラロイド I-zone
IBMのスピーカー
障子の木枠×2
パネル
IBMのスピーカーは、店のおやじが「お、見つけられちゃったねー」「これいいんだよー」「ちょっと古いけどすごく音いいんだー」としきりに褒めまくっていた。
うち帰って試そうとしたけど、電源をどうやって取ればいいのか分からない。12V DC。。。
他にも、変なカメラとか、変な掛け軸とか、変なヘルメットとか、木のかたまりとか、タンスとか、額入りの天皇皇后両陛下、皇太子同妃両殿下の写真とか、本気で買うかどうか迷ったけど、ふと我に返って、買わないでおいた。
バイトには遅れた。
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東北芸術工科大学卒業・修了研究制作展

東北芸術工科大学卒業・修了研究制作展2004を観た。
卒展を観て回ると気持ちが悪くなってくる。それは、膨大な量をこなすことの疲れだったり、自分と比較した時の焦りからくるのだと思う。
それと、もうひとつモヤモヤしたものがあって、それはうまく説明できない。でもある人(全然知らない人)が、「アートじゃなくて良いはずなんだけど」と言ってたことがあって、それがモヤモヤしたものをある程度言い得ているように思う。いまさら「絵画じゃなくて良いはずなんだけど」とは言わない。そんなレベルの話ではない。
美術科は美術科の中で美術しかやってない(あたりまえだが)。もちろん形としては従来の絵画彫刻工芸などのジャンルには割り切れない作品はあるのだが、結局それらは美術という括りの中だけで収まっている。美術ってことで画一的になっている。
美術大学であっても、「アートじゃなくて良いはずなんだけど」。と思う。
でもまあ、うちの大学はそれじゃ卒業できないのでしょうね。
とか何とか言って、自分自身ものすごくアートにこだわってるのは分かってる。
矛盾です。だから気持ちが悪い。
だから、未来デザインとか情報デザイン科とかそっちの方が気になる展示は多かったかな。その道でどの位のクオリティなのかは分からないけど。
美術科に関して言えば、卒業生の中には作家志望の人もそうでない人もいるんだろうけど、その差があんまり見えなかった。
偉そうだけど、思ったこと書きました。


そばがき、追いコン

昨日、15日、牛房野に行って、そばがきをご馳走になってきました。蕎麦の香りを楽しむにはそばがきが一番良いのですよ。しっとりしたそばがきを箸でちぎって、納豆に和えたり、えごまのタレやクルミのタレにつけて頂きました。
牛房野に行くのは、食べるのが目的になっちゃってます。いつも佐藤昭三さん宅でご飯をご馳走になっているのですが、奥さんのかずえさんが作る料理はなんでも旨いです。
この日、学校に戻って、洋画の4年生の追い出しコンパ。
4年生には僕の高校の同級生がいることもあり、どっちかっていうと自分たちの学年の友達よりは、4年の友達と一緒にいることのほうが多かった。そんな彼らも卒業ですか。「あんな風に卒業したい」、あるいは「ああはなりたくない」。どっちかな。
どっちにしろ、いずれ否応なく自分の身に振り掛かってくることだし、自分の同じ年の人たちが卒業することもあって、もはや無関心ではいられません。
僕はさっきまでまだ始まってもいないつもりだったのに、いつの間にか折り返し地点です。
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カンボジア映画祭

Cambodia Film Festival in YAMAGATAに行って来ました。
上映作品は、『さすらう者たちの地』『S21 クメール・ルージュの虐殺者たち』『TAIZO』の3本。
山形ビッグウイングに行くまでにちょっと迷ってしまって、最初の『さすらう者たちの地』は途中から見た。光ファイバー敷設作業、淡々と地面を掘っていく、ひたすら貧しい人々。報われない現実。
『S21 クメール・ルージュの虐殺者たち』は、ズッシリと重い。S21と呼ばれた収容所での虐殺を、実際の加害者と被害者が再現し考証する。
虐殺を免れた数少ない生き残りのナットは、画家である。彼は当時の様子を克明に描く。そして看守らに向かって問う。「なぜこんなにも簡単に無実の人々を殺すことができたのか、どういう思いで殺していたのか」。それに対して看守らは一様に、「若かったのだ」「言われたことに従っただけだ」「そうする他になかった」と答える。
忌まわしい記憶の反芻が、生々しい。
『TAIZO』は、戦場カメラマン、一ノ瀬泰造のドキュメンタリー。
確かに彼の行為は褒められたものではない。しかしながら、その生き様を(演出を含んでいるとしても)、かっこいいと(いや、かっこいい、ではなくて)うらやましいと思ってしまう。きっぱり言い切れるけど、僕はそこまで命を賭けられない。だから。
浅野忠信主演の『地雷を踏んだらサヨウナラ』も。見てない人は。
この3本のドキュメンタリー、見応えあって来て良かった。どうでもいいけど、学校のショップで前売り券買ったら、本当は二千円なのに800円で買えてラッキー。