バスに揺られて

時たまバスを利用するのが案外わくわくする。市内を縫って回る、あるいは郊外まで飛び出すバスに揺られながら、外を眺め遣るのが楽しみなのだ。同じ場所に目を遣ったとしても、歩いている時とは全く違った印象でものが見える。いや、当然だがバスの車高分だけ視点が違う。また、良い眺めだなと思ってもバスは道の途中で都合よく止まったりはせず、常に景色は流れていく、その刹那性も味わい深く加味されるからだ。
今日のストックホルムは久々に晴れに晴れた(午前中だけだったが)。空気は未だ冷たいものの、何にも遮られない日の光はバスの中をも満たした。また、同じ光を受けて輝く中世の町並みはもはや奇跡に近い。何処を切り取っても…そう、絵葉書のような、という形容を当てはめてみよう。しかし今なら絵葉書の代わりにデジカメでパカパカ撮った画像をEメールで送りさえすれば事は足りる。カメラはどこに向けてもいい。それは充分、絵葉書となるだろう。かくして絵葉書は絵葉書のような風景から止め処なく量産される。しかしその絵葉書の風景にさえ/こそ、体を振るわせるだけの図太い感受性を、我々は失ってはならない――それはバスの振動では、なかった。


≪大ガラス≫ストックホルム・ヴァージョンについてのメモ

マルセル・デュシャン≪彼女の独身者たちによって裸にされた花嫁、さえも(大ガラス)≫のヒビ入りのオリジナルはフィラデルフィア美術館にある。また、デュシャンの承認を得たレプリカ三作品が、ストックホルム、ロンドン、東京にあるのは周知の通りである。その一番最初のレプリカが、1961年、ストックホルムModerna Museetで開かれた<Art in Motion>展に出品するために美術批評家ウルフ・リンデによって制作された。
実は、ストックホルムにはもう一つの≪大ガラス≫が存在する。実は、と構えて言うほどのことではないかもしれない(が、僕は知らなかった)。1991-92年、リンデによって再制作された。ならば、現在Moderna Museetの常設に見られるのがこれかと思いきや、そうではなかった(何故か古い方を倉庫に隠しているのだろうと思い込んでいた)。展示品は、世界最初のレプリカ(デュシャンのサイン入り)の方であった。
ストックホルム・ヴァージョンと、オリジナルや他のヴァージョンとの大きな違いを見せるのがガラスの外枠である。オリジナルは冷く鋭敏なステンレスのフレームを使用しているのに対し、ストックホルム・ヴァージョンは重みと暖かみのある良質な木材に囲われる。それゆえ、どこか北欧家具の一種でもあるかの趣を匂わなくもないが、単に「額縁」としての役割かもしれない。確かに中身は脆いガラスゆえ重厚な木材に挟まれた方が安定度は感じるが、そのガラスの見えにも当然影響が及ぶ。もっともデュシャンの承認済みではあるが。
ところで≪大ガラス≫は、その性格上、レプリカでありながらオリジナルでもあるという代物である。その説明書とも言える≪グリーン・ボックス≫を元にすれば、誰の手によっても再現できるとされる。≪大ガラス≫のような大作を軽々しく制作できないとするのは偏った見方かもしれないが、一つ疑問があるとすれば、リンデは何故、二つ目の≪大ガラス≫を制作したのか、という点についてである。東京・ヴァージョンに取り掛かる際に瀧口修造はその制作の意味に戸惑ったという。
二つ目のストックホルム・ヴァージョンにはどんな意味が込められたのか、それとも単なるレプリカのレプリカに過ぎないのか。92年作の≪大ガラス≫にも是非、まみえたいと思うのである。


風邪を引いた

数日来、体調が思わしくなかった。一昨日には喉に違和感を感じ、風邪の兆候に怯えながらも、食欲は平常通りあったので夕食はたらふくとった。ところが風呂に入りベッドに潜り込む頃になると、だるさは全身に広がり、いつもなら惰眠を貪る布団の、肌を触るのさえ不快感がある。本格的に風邪だと思った。次の日、充分すぎる睡眠をとったものの喉は完全に潰れた。昼に寝すぎたので夜はなかなか寝付けなかった。今日、ようやく調子を取り戻しのそのそと学校に出ては来たが、スウェーデン語のクラスの先生が移り変わりで風邪を引き受け、休講となったんだとさ。
ある先生(アーティスト?)との面談を希望する者はその名前を記すという、掲示板に張られた紙には、その面談の存在を教えてくれまた勧めてもくれた勤勉なる女学生ただ一人の名前があるだけで、しかし怯まずにこれもまた経験と考え二人目として名前を記入しようと決意した。ところがついつい、数日先に控えた面談日には手が伸びず、次のそれは一ヶ月先になるため、今すぐに書かなくても良いだろうとする怠け心が呼んだ風邪であった。
追記:いつの間にか面談の紙には名前が連なり、空欄も少なくなった頃に少し慌てて/安心して記名もした。


日本食材、セムラ、断食

とある日本人の方に日本食材の店に連れられたのだが、陳列される日本のカップラーメンだとか菓子だとかを前にして、これら日本的な味覚に飢えていたというような、期待された歓喜の態度を取れなかったために、さぞかし教え甲斐が無かったろうとかえって申し訳なく思ってしまった。否、こうなることは前もって分かっていた。だから、わざわざ連れて来てもらう手前、感嘆の声の一つも漏らそうかと姑息にも計画していたのだが、その店にはなまじ文庫本の類まで並べてあったばかりその背表紙を眺めている内に忘れてしまったのだ。
自分の雑食を告白するようで恥ずかしいが、日本食が恋しいと思うことが(今のところ)全く無い。あるいは、さもトレンドらしく至る所に軒を構えるSUSHIバーを横目にこんな所で自分の望む日本食が得られるはずも無いと端から決め付けているからかもしれない。しかし味も見ず判断を下すのはフェアじゃない、そのうち試しに行ってみようとは思うが、それにしてももちろん郷愁を慰める為ではなく単純な好奇心を満たすため。
semlor.jpg日本食材店をひやかした反動からか、帰りには一人で、これまたあえて食べたいとは思えなかったsemla(スウェーデンの伝統的なお菓子)とやらを買ってぱくついた。無い物をねだって日本食材店に赴くより、その昔断食に備えて食したとされるカロリーたっぷりのこのお菓子をこそ、謹んで賞味すべしと思ったのだ(唐突)。


バスタブを見つけた

bathtub.jpgアパートの話。こちらに住み出した当初、洗濯機は何処かと尋ねて案内されたのが地下室である。それはしかし「隠し地下室」とでも呼べる場所で、外からはその存在は知られない。移動に使うのはエレベーターだが、そこには地下階を指し示すボタンは無く、代わりに実にさりげない鍵穴がある。住人は部屋のキーを鍵穴に差し込むことで、薄暗い地下へと運ばれるのである。その秘密めいたからくりは、小学児童の頃に遊んだロールプレイングゲームを思い起こさせもした。プレーヤーはまず、村人/住人に片端から話し掛けることから始め、手掛りとして/道具としての「キー」を探し当て、ようやく扉を開けることが出来るのである。
さてさて、この度新たな「キー」を得て探し当てたのが、上の写真のバスタブである。各個人の部屋に付属するのはシャワーのみであるから、これは重宝するだろう。事実、その日は湯船に浸かりながら1時間弱、指とページの両方がふやけるまで本を読んでいて(しかしこれはブックオフで買った本に限るのだが)、今までの生活に不足していたのはこれだと思い至る。この隠れ地下には他にも、未だキーを持ち得ず開けることの出来ない重厚な扉がいくつか残っているのだが、その先には一体どんな宝/魔物があるのやら。


シティーホールにて

reception.jpg2月14日が何の日か、とうに忘却の彼方に飛ばしてあるのだが(しかしそうするまでもなく、それは日本だけの狭い価値観であると豪語することも、今ならできた)、この日、スウェーデンに滞在する外国人留学生や研究者を対象にしたレセプションが、ストックホルム、シティーホールで行われた。田中さんが「ダンスを踊れない」と危惧していたノーベル賞晩餐会が行われた聖地である。そんな大層な会場であるなら、もしや正装を要求されるのではなかろうか、しかしされたところでそんな物ある訳がない、せめて場違いな田舎者と笑われないよう端っこでジッとしていよう、などと思案しながら会場に辿り着くと、なんてこともない、人が多すぎておのずと埋没するではないか。
お決まりの挨拶もそこそこに切上げられ、乾杯の音頭がとられると、状況は想像通りに展開していく。わお、おぞましい、食べ物に群がる多様な肌色の貧しき人々と、なにより、既に料理の盛られた皿を左手に抱え、右手でかの光景をカメラに収めている自分自身が。
ノーベル賞には程遠い(と、全員を自分の側に連帯させてしまったりして…)学生らに食事を振舞うという、高負担な税金の使い道の一端を見る。どうやらこのレセプションは、この国に滞在する間毎年招待されるようであるが、こんなもん一回も来れば満腹だよ、ご馳走様(というのが単なるポーズなのは言うまでもないだろう…)。


イマジン、とオノヨーコは言う

トリノオリンピックの開会式を、アパートの共同のリビングルームで見ていた(2/10)。
さてこれからアパートの住人はテレビの前に肩を並べ、サッカーワールドカップよろしく熱狂的な(とまではいかないまでも)自国の応援を繰り広げる中、鍛え抜かれた日本選手が颯爽と金メダルを掻っ攫っていくのを心中面白くなく思い、次第にしらけていく様にまみえるのを密かな楽しみ事にしようかと考えていたが、実はそれを期待するほど日本選手団は強くもないらしく(入場の時は意外に大規模な選手団だと思ったが)、また、こちらの住人達もさほどオリンピックに関心があるわけでもなく、食事が済むなり自分の部屋に舞い戻って行くのであった。
となれば、自分としても一人観戦するほどの興味はないので、アパートではなく、学校のキッチンで夕食を作り食すことになる(なにしろ、食器を洗わなくて良いのだ)。ところが、冷蔵庫にしまって置いたはずの食材が見当たらないということが、なんと、あるらしいことが先日はっきりした。一度ではなく二度目だからだ。
トリノ五輪の開会式においてオノヨーコは「イマジン」と言ったが、今ここで食材の行方に想像力を働かせてみるならば、すぐさま思い浮かぶ顔が一つか二つ。うん、そういうものなのね。ならばこちらにも考えが、ある。


NAOTO FUKASAWA – Guest of honour 2006

furniturefair.jpgID(インダストリアルデザイン)専攻の香港からの留学生に誘われて、「Stockholm Furniture Fair 2006」へ(2/8)。これに特別ゲストとして深澤直人氏が招待されていたのだが、初日の企画ということで彼のレクチャーがあった。
今までにデザインした製品や新作の紹介、それらに通底する基本的なものの見方などを説明するものであったが、これが案外面白いものだと思った。案外面白い、とは挑発的な物言いに聞こえそうだが、それは決して彼を軽く見ているわけではなく、(深澤氏本人にとっては)こんなどうでも良い場(例えば彼がクライアントの前でプレゼンを行うような場合に比べて)で話しているのに、という意味で。それだから内容としても、恐らくデザインに精通する者なら既に何か他の媒体で見知っているようなアイデアを、単に本人の口から聞けた、というだけのものかもしれないのだが、それを聞いていて実に腑に落ちるというか、感覚的に妙に心地良さを感じるものだと思った。
言い回しは全然違っていたと思うが、人はデザインがなくても環境を道具として利用する、というようなことを言っていた。地下鉄に乗り込んだ場合を例にすると、ドアの窓ガラスを鏡にして髪型を直すだろうし、傘を持ってイスに座る際に、その傘はどうするだろうか。無意識のうちに足に挟むだろう。その足こそが、ここで言う環境であって、傘立てのデザインだと深澤氏は言う。
「デザイン」について思うとき、その胡散臭さ、というか要らなさを、僕は人一倍考えてしまいがちだ(これを読んで、モノトーンのシンプルな「MUJI」のようなものを好んでいるのだな、とは勘違いしないで欲しい。単に無頓着なだけ)。ところが実際のところ「デザイン」はどこにあるのかというと、それは要不要という次元のものじゃなく(もちろんカッコいいとかでもなく)、環境が要請するささやかな衝動の真実を捉えるところにある。というより、もはやそこにしか有り得ないのだ。