過ぎ行く地下鉄

sl.jpgどうしたということだろう。地下鉄の電車が駅に止まらず、止まろうともせず、特急列車のようにただただ眼前を通り過ぎていく。振り返って見れば、反対方面行きもそうだ。何らかのシステムの異常なのだろうか、理由も判別できず、ホームに待つ人々はただ呆然と取り残されるだけであった。駅ごと、存在を忘れられたような。
そんなことがあるわけがないのだが、しかしながら、今はこうしちゃいられないのだ。今向おうとする、今日は土曜日だから恐らく早いであろうその店の閉店時間を思いやる。急がなくてはならないのだが、それはそうと、少しばかり忙しい気になっているのは、来月早々にはベルリンに行く予定があるからだ。その前に幾つかのやるべきことを済ませておきたいのである。
こうしちゃいられないと思うならば、さっさと歩くなりバスを探すなりすればいいのに、時間に余裕もないこともわかっていたのに、なんとなく、さしたる焦りも募らせることなくそのままホームを動かず、いつ止まるとも知れない電車を待っていた。車両がホームに滑り込んできた時にベンチを立つのは2回でやめ、その後は走行音が近づいてきても立ち上がることはせず、目の前を過ぎ行く車両の、瞬時のみ確認できる乗客の様子に目を凝らしていたが、やがてそれもやめた。それから数本目かの電車が、減速し、何事もなかったかのように――電車はその駅に停まるのが普通なのだから、停まった電車が、何事もなかったように見えるのは当然だろうか?――、止まるべき場所に止まった。いつもよりは少しばかり多くの人が乗車し、車内の込みようだけが、平生との差異として感じられただけであった。
なにもせずただ電車が停まるのを待った3、40分もの時間は、平常となんら変わることのない電車の待ち時間として、少しばかり長かった待ち時間として、回収されたような気がした。この緩さが、この国の時間感覚であり、自分もまたその中にあったことを思うのである。平和な、また少しの杜撰さも含んだその中に。


寿司の心

sushi.jpg日本語では、寿司を「握る」と言う。ならば、外国語圏で「How to make Sushi」を覚えた料理人の「作る」それは、もとより寿司とは似て非なるものであると言わなければならない。それほどに、寿司の出来とは握り方が全てであり、それは料理人の心の持ち様をも表出させる繊細な行為なのである(「美味しんぼ」第一巻、銀五郎寿司のエピソードを想起せよ)。
スウェーデンにて初めて寿司を口にしたのだが、不謹慎と知りつつも、ネタとシャリとを別つことを禁じえなかった。というのも、団子のようなシャリに対して、脂の乗った北欧産サーモンの旨さは特筆すべきものであったからだ。これが腕の立つ職人の手によるものであれば、との空事を思ったりした。
しかしその寿司の出来を確かめて、そら見ろ、などとしたり顔で糾弾するほどの性悪者にはなりたくないのである。スウェーデンの、まして中華料理屋の寿司を非難するものがいるとすれば、その人は性悪者を通り越してただのバカである。--中華料理屋だって?そう、だけれども、中華料理屋で寿司を食うそいつは、既にその時点で同程度のものであろうか。店の名誉のために書けば、本領である中華料理の方はなかなか美味であった。
――
平民としては、寿司を食べるのは祝い事のある日を連想する。そして祝うべきその日(26日)は僕の誕生日であった。だから寿司を、というつもりでもなかったのだが、幾人かの友人と食事を共にした理由はそれだった。学校の関係でその日が忙しい方々には、前日にも食事会を開いて頂いた。ありがとうございました。


春の休日

最近は日が長くなってきた。午後8時を回っても空はまだまだ明るい。全く時間の感覚が無くなってしまう。のんびりと、まるで時間が間延びしていくように感ずるのだが、そんな人間の気分に合わせることなく冷徹に時を刻む時計にふと目を遣って、ああもうこんな時間だと気付く。
週末、ストックホルムの中心地に出れば、恐らく観光客も多数混じっているのだろう、その混雑振りも明らかに冬の期間よりも増していて、それなりに都会的な喧騒を演出している。それが休日であれば嬉しさもひとしおである日中の日差しは、しかしあまりに眩しくて、石畳の路面や建物に反射してなお、眼に鋭く射してくる。目を細めて街に溢れる人々を眺めてみれば、既に半袖となって意気揚々と闊歩するものも少なくないのだが、軽装となるのは暖かいというよりは太陽の光を肌で感じたいとする健気な願いからだ。だって、絶対まだ寒いはずだもの。
帰り道、ぼーっとしていたら、普段利用する駅の一個手前で降りてしまった。改札を出るまで気が付かなかった。大して代わり映えの無い駅なのだ。まあここからでも大した距離ではないので歩いていくことにした。駅と、遠くに見えるテレビ塔の位置関係から方角を定めて。夜の9時を回りようやく日が暮れた後で、これで迷ったら悲惨だなと思ったが、何とか迷わず家に帰ることが出来た。


更なる北上・5

4/12
朝は早くに目が覚め散歩に出掛けた。レンガ造りの感じのいい教会は閉まっていたが、10時から開いていると書かれているのでその時間に再訪したら閉まっていた。よくよく見てみたら6月から、ということだった。教会とは何時でも誰に対してでも開かれている場所のことを言うのであれば、そこは教会ではなかったということだ。
――
さてと、この先の進路はどうしようか。欧州最北の岬を目指すのも一興。だが、心は既に折れていた。――「折れていた」?そうではない。ここから更に北に行くつもりなど、もとよりなかったはずだ。
しかし、一旦戻ってしまった後に再びこの北極圏の地に訪れる可能性の極めて小なることを思えば、今北に行けば行くだけ、その地点が生涯の内に立った最も高緯度の場所として記憶されることを意味していた。 ならば、これを機会にその記録を伸ばすことに専念するのも、選択肢の一つとして数えられた。
――
どうでもいい。ここでなくても選択肢は無数にあるのだ。
一つの選択肢があったとして、なるほどそこには価値があるように見えるかも知れない。だがそれを経験しなかったからといってその時間が無に帰すわけではないのだ。その選択肢を取らなかったがゆえに経験することもあるだろう。その無数の選択肢の中で、自分自身の意志だけで選び取ったと言えるものがどれほどあるかは疑わしいとしても、ともかくもその結果にある自分の立ち位置というものを、驕ることも卑下することもなく、ただ確かにしていければいい。
――
自分がつくっているのも、自分のいる世界の基底的なあり方と、それに関係するであろう作品化の構造を確めるものであるはず/あってほしい、と。
――
北上はここまで。ストックホルム行きの列車に乗り込んだのであった。


更なる北上・4

果たして、などと白々しく書いておきながらも、すぐさま結果を言ってしまえば、オーロラは終ぞ現れることはなかった。
――
その日は暗くなる頃から深夜26時くらいまで粘りに粘った。微弱な光の帯であってもすぐさま観測できるようにと、どこか深々とした暗闇のポイントはないのかと歩き回ったが、(昼間は薄暗いくせに)夜はどこまで行っても街灯を煌々と灯してあるのだった。
だがしばらくすると、何れにせよ歩みを止めることは許されない状況に気付かされる。ここはさすがに北極圏の中、極寒の季節は過ぎたはいえども、夜の冷え込みは伊達ではなかった。歩き疲れて立ち止まれば凍て付く冷気に耐えられない。くたくたになっても歩を進めねばならず、それは苦行の様相を帯びていた。これでオーロラが見えなかったらとても救われない、と思っていたら本当に...。
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救われない町、キルナはとっとと後にしたい。ストックホルムからここまでのと同じ路線に乗り込み、終点まで向おう。そこは国境も超えたノルウェーの港町、ナルヴィクであった。
この間の路線は「世界最北」の旅客鉄道だとか。自分自身で自分の旅の価値を切り拓くことの出来るわけでもない平凡な旅人はその類の言葉を有難く受け止め、なんとか自らの体験に幾らかの付加価値として盛り込みたいのである(この日記がそうしているように)。だがこの路線においては、この修飾がなかったとしても十分に値打ちのある列車の旅であったことは間違いない。今までの退屈だった車窓の眺めは、国境を跨ぎノルウェーの領地に入った後、一気にスペクタクルと化す。フィヨルドである。険しい山々の狭間に鋭く抉られたフィヨルドの谷を眼下にすれば、その鉄道の真価を決定付けるだろう。間もなく列車はナルヴィクに。
――
narvik.jpg小汚い町だ――砂埃を大袈裟に巻き上げながら脇を通過する車を一瞥しての第一印象ではあったが、町の面白さとしてはキルナの一段上だと言わなければならない。すぐ背後には雪を抱いた山がそそり立ち、反対側の峡江は港となっている。その合間に敷かれる町並は独特の妙趣を感じさせた。そう思わせるのも、幾らかは温暖な気候であるらしいこの地では既に町中にほとんど雪を残さず、また到着した時点から心地良い日差しを浴びていたからかもしれない。
その晩も快晴ではあったが、もはやオーロラは期待できないのだと心の内で諦めを諭しつつも、またも三脚を抱え夜中に出歩く矛盾。空に光り揺らめく何かは見えずとも、山の中腹からフィヨルドの夜景を眺望し、この光景だってそうそう出会えるものではないのだと自分を慰めて、その夜は過ぎた。


更なる北上・3

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街の図書館でインターネットを使いたかったが、黒人がパソコンに噛り付き動く気配もない。
――
キルナからバスで20分ほど、有名な「氷のホテル」すなわちアイスホテルに。
まず外周を見て回るが、それはただでかいだけのかまくらのように思われたのだが、中に入ってみればなるほど氷であった(当たり前だ)。各部屋々々はどこぞの氷の彫刻家を名乗る人達が趣向を凝らして成形してあるわけだが、言ってしまえば基本的に趣味が良くない。とは言っても、いくら北極圏のロマンチシズムを隠れ蓑に纏おうと、氷だけでホテルを作るということ自体、悪趣味ななこけおどしに違いないのであるから、その意味では趣旨と中身が合致しているとも言えなくもない。
しかし、高い金を出してそこに宿泊するという酔狂な人間を除けば、もっとも長くアイスホテルの中で時を過ごしていたことも隠さず申告したい。トナカイの毛皮が敷かれた氷のベッドの上にはいちいち横たわり、その寝心地を確かめることも忘れなかった。あわよくばオーロラをと、わざわざ学校から借りてきた重く立派な三脚は、その主たる目的を果たす前に、一人で記念写真を撮るのに大いに役立ったそうな。
――
上空に居座り続ける重々しい雲。オーロラの、「光のカーテン」の例えに倣えば、それはさしずめ「万年床」のような嫌らしさを湛えていた。これが、夜が更ける頃になって急に晴れるなんて、そんなことがあるのかしら?オーロラが絶望的になってしまった今、もうストックホルムに帰ってしまおうかとも考えた。滞在したいのも山々だがそれには高くつく、キルナにはもはや見所を残さず他に移りたいが、ここは田舎、日に1、2便しかない移動手段は全て終わってしまった。ただストックホルム行きだけが残っている。駅の待合室の中で心は大いに揺れたが、結局、列車には乗らなかった。というより、決めかねてもたもたしているうちに列車は行ってしまったのだ。
いやまあ、帰る手段も失ってしまえば、気はかえって清々する。待合室から出て、ふと空を仰げば、なんとその時気が付いた!雲の切れ目から日が差している!眩しさに目を細めて待っていれば、いつ動くとも知れなかった雲が見る見るうちに消え去っていくではないか。こんなタイミングもあるんだね。
そう、奇跡とは往々にしてこのように起きる。オーロラは、果たして――


更なる北上・2

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切符は列車内で買ったが、予約料金が掛からなかった分だけ得した気分になった。親切な車掌は、深夜になり幾つかの停車駅を経て空いた席をあてがってくれた。朝になって新たに乗り込んだ乗客にその場所は追い立てられたが、夜の間に三つ分の席の上で足を伸ばして睡眠時間を取ることが出来たのは幸いであった。
食堂車に行けば4人掛けのテーブルがあったが、注文するのにも暫し並んで待たなくてはならないほど乗客が集まり、コーヒー一杯でテーブルを占領する無神経さは持ち合わせていなかった。だが食堂車が盛況なのも無理もないだろう。車窓の見せる風景があまりに延々と退屈に続くからだ。
森林とも草原とも付かない、なだらかな地形は真っ白に雪に覆われる。黒い木々も疎らに、曇り空は完璧にグレーに染まり、窓枠の向こうはまるで色彩を失っている。車中に残された唯一の楽しみは、目の前に食物を並べ、それを平らげることであった。
――
キルナに降り立ったのは、昼の12時を少し過ぎた頃だった。
――
この閑散とした町の一体何処に観光客がいるというのか。値段を最優先させて選んだユースホステルでは、ここでも予約が一杯だと断られた。特に見るべきものがあるわけでもない人気も少ない町中を徘徊しつつ、今日の宿を探した。
キルナは鉄鉱の町である。中心街は丘の上に広がり、そこからは線路を挟んで反対側には、階段状に削られた鉄鉱山がそびえるのが見えた。鉱山より突き出た煙突からもうもうと吐き出される煙はやがて、重い雲の一部となって溶け込み、その厚みに加担しているようにも見えた。鉄鉱により町の繁栄を促したはずのこの鉱山が、この地に於ける陰気な雰囲気を助長させる元凶として、晴れ間を期待し焦燥に駆られた眼には映ったのである。しかし栄えと陰りを同時にもたらす山に登れば、何か面白いものが見れたのであろうか。
探すのも億劫になったので、来る時に確認していた駅の隣にあるホテルに宿を取った。夜、時折窓から空を見上げたが、当然何も見えない。下の方では、駅に人が来て、また去っていくのを見た。


更なる北上・1

4/8
しかし(やはり、というべきか)、キルナまでの切符はなかった。何か別のルートを尋ねると、列車とバスとを3、4回乗り継ぐならば行けるには行けるらしいのだが、なんと料金の方が通常の3倍以上も掛かるとのこと。
どうしても今日キルナに行かなくてはならないのだと、しつこく食い下がる姿勢に心を打たれたのか/鬱陶しく思ったのか、窓口の女性は助言を与えてくれる。「どうしても行きたいのなら、プラットホームで車掌に聞いてみるといいわ」。続けて、「ただし可能性はほとんどないと思うけど」。
一旦家に戻り、荷物をまとめ、再び駅に。その路線は、ここストックホルム中央駅が始発駅ではなかった。つまり、駅に停車する5分かそこらで車掌と交渉し、何とか乗り込むことを成さねばならない。どうも列車は遅れているらしいが、何のかのと繰り返しアナウンスが告げられるホームには、旅の出発を前にした人達の興奮に溢れていた。この昂ぶった空気に感化され、乗車を期待する思いも強くしたが、また一人ホームに取り残され、彼らの出発を見送る場面も寂しく想像された。そして列車が――
「チケットは持っていないがこの列車に乗りたい。シートもベッドも必要ない」。発音はともかく、かつてこれほど決然と声を上げて訴えたことはあっただろうかという点で、この時の英語は評価に値する。轟轟と鳴り響かせる車両の騒音に掻き消されることなく、その意志は相手に伝わり、列車に乗り込むことに成功した。
通常のダイヤが大幅に乱れた19:30、大仰な荷物を抱えた乗客達がまだ席に落ち着かぬまま、夜行列車はストックホルムを発つ。