Konstfacks vårutställning 2006

springexhibition.jpg『Konstfacks vårutställning 2006 (The Spring Exhibition2006)』を終了間際に観た。これはKonstfackのマスタープログラムを修了した学生の修了展のようなもの。学部の卒業生が含まれないのは、こちらでは改めて大学院に入るというよりは、学士課程(3年)に引き続き修士課程(2年)に続くといった感じだからだろうか。
学校では、日頃から廊下やギャラリー、スタジオなどを展示スペースとして位置づけ、個人であったり何らかのグループであったり毎週何かしらの展示を行っているのだが、その学校中の展示スペースを使いなんとも盛大な展覧会であった。会期終了の土日には多くの人が観に来ていた。
デザインに近い分野、例えばガラスやセラミックを専攻する方では、見かけにアートな、いわゆるインスタレーションをしているのに対して、美術を専門とするファインアート科の方では、見かけにアートっぽくない、どこからかテキストを集めてきて机の上に配するだとか、インタビューの映像だとか、そのような作品が目立つ。


ストックホルムに戻って

ベルリンでの展示を終え、スウェーデンに戻ってきた。
しばらく生活の営為を送った場所を一時離れて再び戻ってきた時の、ある種の感慨深さに陥るのは誰しも経験することだ。けれども逆に、最初にベルリンで半年過ごし、そこでのスタイルを感得した後にストックホルムを訪れたならば、この街と人の、小奇麗な、甘ったるいセンスが鼻に付くというものであろうか。なるほどこれが北欧特有のいたいけなムードであることを再確認するが、既にここに愛着をもってしまった人間はそれを否定しないのである。言い換えよう、特殊なのはベルリンの方であったと。
例えばベルリン・ミッテ地区の洒落た、したがってそれなりに値段も張る住まいと、そして直ぐ傍の半ば崩壊したようなアパートの、ほんの僅かな金で買い取ったという部屋と、双方を見せてもらう機会があったが、その同じ土地に隣り合わせながら全く趣の異なる二つの対比は、そこがまさにハイブリッドな都市であることを思わせる。悲愴な歴史によって形成されたそれには、隅々にまで行き届いたストックホルムにはどこにも見当たらない、こう言ってよければエキサイトメントとして、好奇心を掻き立てられた。
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今後の予定としては、ストックホルムの学校内で展示を行うことになっている(6/2-11)。その後は、まだ行っていないフィンランドやデンマークなどの北欧の国に旅行に行こうと思う。


4th ベルリン・ビエンナーレ3

tino.jpgしかし、昨今の大型展覧会においては、「映像作品が多かった」というような感想を多くの人の口から漏らされるが、それは出品作家数の内どの程度の割合に達した時、発せられる感想なのであろうか。たった三秒だけで、作品を「観た」ことにしてしまえる絵画または立体作品とは違い、映像作品を観るためにはある一定の時間を必要とする(例外もある)。それゆえ、映像を観る行為の時間的な自由のなさが心身ともに負荷となって圧し掛かり、結果、割合として少ない中でも多いと感じてしまいがちなのだろう。
今回のビエンナーレでも映像作品はそれなりに「多かった」のではないかと思う(実際そのような感想も聞いた)が、それでも一つ一つの作品の内容をじっくり観させるものであった。それを促したのは、やはり複雑な歴史を持つ会場の情感もそうだが、その舞台上に組み込まれる展覧会の構成が、極めて繊細に巧みに成されたからではないか。とすれば、実際に住んでいる個人のアパートに展示するという、試みとしても作品としても大して面白くなかった箇所や、ティノ・セーガルの、公衆の面前でカップルがキスを続ける作品――それをアートと称するならなおさら唾を吐きかけたい――も、途中で気を抜かせるという意味では上手く行っていたのではないだろうか。
とはいえ全体を通しては、切なく心を震わせる展覧会であった――と書くのは少し感傷的になりすぎているからか。


4th ベルリン・ビエンナーレ2

映像を副次的に使うインスタレーションとしてではなく、映像をそれ自体として純粋に見られることを志向する映像は、より鮮明な像を写し出す為の暗闇を必要とするだろう。そこがまっさらな部屋であれ、崩れかけた廃屋であれ、明かりを落とされ闇に包まれれば、劇場の箱としては類似している。では、映像(プロジェクション)という形式では、作品が場の影響下に支配されるのを回避できるのだろうか。そうではない。何も見えないはずの暗闇は、(モニターあるいはプロジェクターによって)投射された映像それ自体が発する光によって薄らと照らされ、その場所の様相は暴かれる。
anrisala.jpgアンリ・サラ(Anri Sala)の作品、「time after time」では、ぼんやりと手前に直立する馬が陰のシルエットとして浮かび上がる。映像内は、馬の向こうに点々と灯る建物の光を除いて、夜の闇に包まれている。その闇はそのまま、作品が投影された室内へと続いている。その馬が立つ場所は、どういうわけか道路なのだ。しばらく見ていれば、じっと動かない馬の脇を車がかすめるように通過する。その時車のライトは馬の姿を一瞬露わにするのだが、同時に、その光の射程はそれを見ている我々の場所、すなわちユダヤ人女学校の朽ちた教室をも含まれているのである。
mircea.jpg対してKWの方は比較的ニュートラルな展示空間ではある。幾つかの映像作品が目を引いた。ミルチャ・カントル(Mircea Cantor)の「Deepature」では鹿と狼(犬?)が一匹ずつ、白い部屋の中に放たれている場面を写す。捕食/被食の関係。だが狼は鹿をあからさまに襲うわけでもなく、鹿にしても恐れや焦りはあるのか、我々人間にとって動物の表情を読み取ることは難しい。にしても、お互いに意識していないはずがない両者。映像内にピンと張った緊張感を捉えるのは、人間のまさしく動物的勘である。また、この作品はボイスがコヨーテと共に檻の中で過ごしたパフォーマンスを連想させる。
レイノルド・レイノルズ、パトリック・ジョリー(Reynord Reynords and Patrick Jolley)の「Burn」も印象深い。男が燃えている家の中で平然としている。服に火が燃え移っても、軽く新聞で振り払う素振りをするだけだ。女性の寝ているベッドにも炎が点され、家中は緩やかな狂気の中で燃え盛る。ただ、最後に家の中に雪が降るという部分は余計のように思う。
他にはミヒャエル・ボーマンス(Michael Borremans)という作家が気になった(ユダヤ人女学校にて)。スケールの異なる人物、建物などのドローイング。スカートから上、三つ編みの女性がゆっくりと回転している映像作品、スカートのひだの回っていく様子など。
reynold.jpgmichael.jpg


4th ベルリン・ビエンナーレ

4thbb.jpg会期終了も間近になったベルリン・ビエンナーレに。98年に始まったこのビエンナーレは今回で4回目を迎える。
ベルリンでは、壁の崩壊後、都市再開発による激変の混沌に乗じてアーティストたちは廃墟を占拠し活動を展開してきた。彼らが潜り込んだミッテ地区アウグスト通りの一画は今ではベルリンのアート中心地として知られている――とはいえ実際の中心はもはやここではないという。流行りものは何でもそうだろうが、人々の間に最前のものと認識され、すなわち流行として広まった時点で、既に真の最先端は他に移っているのはまさしく道理ではある――。ビエンナーレはアウグスト通りのKW(クンスト・ヴェルク)をメイン会場に、旧ユダヤ人女学校、旧郵便局、教会、墓地、そして一般のアパートの部屋にまで入り込み、展開されている。
ベルリンは未だ都市整備の最中にあり、至る所で工事がなされ、手付かずの廃屋も少なからず残されている。会場の一つ、旧ユダヤ人女学校も廃墟化した建物であった。薄暗い廊下の崩れかけた壁には落書きや、教室天井のパリパリと剥がれ落ちるペンキもそのままに、廃墟化した空間性によって展示された作品は、儚く、陰りのある情感を湛えている。それは、ビエンナーレ全体の基底をなすトーンであった。
ペンキがめくれた壁の表情が、時間によって変色した深い色の染みが、あるいはそこに差す窓からの一条の光が、時としてどうしようもなく美しく見える瞬間がある。そこが歴史的経緯を秘めているのならば、場の持つえも言われぬ力は一層強くなるだろう。観客の目が、作品を通り越してそれが置かれた場所自体に魅かれたとしたら、そこに作品を設置した作家にとって屈辱であろうか。否、我々は自らの手でつくり出すものより遥かに崇高な存在――世界が流転するダイナミズム――を知っている。その所在を踏まえつつ、しかしその場に従属する――恥ずかしくもサイトに特有であることに高い価値を置くものが往々に犯す愚である――でもなく、この世界に立ち向かい何かを問いかける姿勢によってのみ、未だその美術は世界に対して美的に機能するだろう。
この展覧会に美しい作品はない。だが作品の存在の仕方は、美しい。


ストックホルムの友人

ストックホルムでの友人が、僕が展示している期間に合わせてベルリンに遊びに来てくれた。二日間という実に短い滞在で、一緒に急ぎ足でベルリンのポイントをあちこち駆け巡り、夜はレストランでドイツ料理を食した。貴重な時間を上手に遣り繰りせねばならない短い旅程の中に、不甲斐ない僕の作品をわざわざ見に行く行程を組み込むのは、なんだか申し訳ない気持ちも無きにしも非ずとは言えども、それでもやはり嬉しかった。
ストックホルムや大学の近況などを聞いた。今学校では『The Spring Exhibition』という大きな展覧会(マスターコースを修了した学生の修了展みたいなもの)が開かれていてお祭りのようだとのこと。また、今ストックホルムでは夜十時頃まで明るいこと。学校までの地下鉄が一部運休していて代理でバスが出ていること。――と、まあまあしばらくの期間スウェーデンを離れていることを思えば、ストックホルムの穏やかな日々も少し恋しくなるのであった。


ベルリンにて

ベルリンに来て既に一週間は過ぎている。到着当初の、地下鉄路線の多さと、夏のような暑さというよりは都市的な熱気、はたまた物価の落差もそうであったが、ストックホルムからベルリンへの、規模を異にする都市間の移動によってもたらされる興奮には、田舎の高校生が上京した際の記憶をよぎらせるものであった。だが、その新鮮味を失うのも一週間もあれば充分である。やたら安く感じた物価はもはや並みの値段に見えている。
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ベルリンでは、今現在、あるグループ展に参加し、作品を展示させて頂いている。ストックホルムから持参した小品と、あと展示期間中にもう一つ、制作しようと思っている。
ところが、今の所は毎日、美術館や博物館を一つか二つ、回りながら、諸所のマスターピースを見ては溜息をついている。それらを前にして、吹けば跡形もなく飛んで行く作品を、飛ぶとわかっていてどうして作れようか。せめてそこらの木に引っ掛かるくらいはすればいいのだけれども。


ゲオルグ・バゼリッツ

ウンター・デン・リンデンという大通り沿いにあるギャラリーで、ゲオルグ・バゼリッツ展をやっていた。今少し気になる画家でもある。
バゼリッツは人物や動物などを上下逆さまに描く画家として知られる。「絵画とはある秩序を持って集められた色彩に覆われた平坦な面」(ドニ)の定義を、ここでもう一度思い起こしてみれば、画家は、ある秩序を持った世界を読み取り、カンバス上に再構成するものである。バゼリッツはそこに、「逆さま」という秩序を一つ、加える。カンバス上の色彩の一つ一つが、その上下方向が逆転し、結果的に画面は逆さまとなる。たったそれだけのことで、何と、他の逆さまでない絵画との見え方が劇的に違っていることであろうか。
しかし、それが違って見えるのも、バゼリッツが、絵画がモチーフの持つ図像(イメージ)に依拠することを、モチーフを逆さまに倒置することで周到に回避したにせよ、私達は結局、絵画の中にイメージを認識することからは完全に逃れられないことを示している。回避というそれ自体によって、回避された/倒立した図像を喚起せずにはいられない。