生産性

 毎日学校には来ているが、作業はほとんど進捗を見せない。頭の中の完成イメージとしてはほぼ完璧にあるが、それを100の状態として、実際形にしようとすると、作業の未熟さによって出来上がりはいくらかパーセンテージは減るのは間違いない。その減率をどうすれば最も少なく出来るだろうかと考えているが、考えるだけで時間が過ぎていく。
 仮に100のものが出来たとしても、(自分以外にとっては)生産的なものではないかもしれないという思いもある。このような言い方は好まない方だが、やはり自分がつくりたいものをつくるほかは、現時点ではできない。そういう諦念がある。


不愉快

 今日は不愉快なことがあった。正確には、強いて不愉快に思うべき何事かが起ったわけではない、誰に非があるわけでもない、双方が(ひいき目に見て)それぞれの本分を尽くした言動の結果、こちらが受けた印象がそうであったというだけだ。時と場が違えば、何も問題は起らなかったはずだ。息を吸って吐く、それくらいに自然に通り過ぎることであった。
 その深呼吸の最中にたまたまそばを車が通り過ぎその排ガスを吸い込んで、気分が悪くなった。とすれば、いつ毒ガスを散布されるかもわからないこの時勢に迂闊に呼吸する方が悪い――というのも無茶な話だが――といいたいのなら、それでもいい。とにかく事としては些事だ。
 問題なのは、そこで催された気分の悪さが計らずも長引いたことだ。それが、今まで溜まっていた分の日記を今日こそはまとめて片付けるとの決意を折った。だからこれを書いたのも一日遅れ。


続・高校時代

 美術専攻のクラスを一つも持たない地方の県にあって、そこからは毎年とまではいかないまでもそこそこの頻度で東京の美術大学に現役で進む者が出ていたという点で、その高校はやや特異であったかもしれない。あるいは、美術科の高校がなかったからこそ、いくらかはその種の生徒の受け皿を担ったのだろう。
 入った年か二年のころに、浪人を経て国立の東京芸術大学に入学した先輩がいた。そもそも美術大学というものがあることさえ、高校の美術部に入るまでは知らなかったが、調べてみれば国立の美術大学というものはそこしかなく、今はどうか知らないが当時はその大学の名前には神格化されたものがあり、それは美術をやっていきたいと考えていた純朴な田舎の高校生の志望校を決定させるに足るものであった。
 いくら田舎に居たって、東京の美大に進むには美術予備校の手ほどきがが必要なことくらいの情報は先達によって知らされていたため、まずは高校三年の夏休みと、(高校の全ての単位を取り終えた)受験の直前期間は東京の美術予備校に通った(思い返せば、当時兄が東京に住んでいたことの助けも大きい。そうでもなければ地方から東京で行われる講習に参加することはなかなか厳しいだろう)。なかなか熱心な受験生であった。
 にもかかわらず結果、受験には落ちそのまま同じ予備校で浪人時代に突入した。


高校時代

 M高校が必修逃れを謀ってはいなかったと新聞が伝えていても、しかしそれは今年度のことであって、実は以前にはそれがあったなんてことは、もしかすると…まあないだろう。必修を外したカリキュラムは完全週休二日制が始まった頃から増えたというわけで、それ以前の生徒であった私はきっと白に違いないという推測を持ち出すまでもなく、なにより自らの記憶として、必修科目は一通り受けた覚えがある。
 そうして得られた潔白の視座から、高校時代を思い返してみれば、美術大学進学希望であった私は、全ての教科が実質的には受験には必要なかった(と言われていた)が、けれども、テストで良い点を獲得することにはささやかな喜びを感じてもいたので、それなりに勉強はやった。予習をしていかないと怒る教師の授業では、怒られない程度に真面目に予習もした。そうして放課後には美術室で受験勉強(=デッサン)に勤しんだのであった。まるで優等生のようだ。
 過去の記憶が美化されているとでも?


必修逃れ

 高校の必修逃れ問題が明るみに出た。事態は全国各校に飛び火し、未履修で補習の必要な生徒数は延べ8万人を超えているという。
 誰もが出身校の罪の有無を確かめたことだろう。さて、わが出身校、M高校はといえば、地元新聞紙の調査に見る限り、必修逃れには手を染めてはいなかったようだ。けれども卒業生としてそれを誇れるかといえば話はそう単純ではない。受けさせるべき科目を受けさせた、あたり前のことだからか。そればかりではない。
 県下トップの進学校、H高校(必修逃れなしだ)には及びもつかないものの、一応進学校の端くれを自認している(だろう)M高校に教鞭を取る教育者の中には、少しでも見栄えの良い大学進学実績を生み出すために、職員会議の場にわが校でも必修逃れをとの声もありえなかったとは断言できないからだ。たとえそう口には出さずとも、今回の件で冷や汗をかいた教師はいなかったとは言い切れるか。
 憶測でものをいっては、恩師に非礼なこと極まりないだろうか。いや、それは重々承知している。しかしながら、「誰でも情欲を抱いて女を見る者は、すでに心の中で姦淫を犯している」とキリストは言ったのである。純朴に過ぎるだろうが私は、教師が聖職者であってほしいと願うのである。


新そばの妙趣

 採れたてのそばの豊かな風味、新そばの季節、とかなんとか地元の新聞紙やテレビが知らせる小気味よい文言につられるまでもなく、こちらは足繁くそば屋に通っているが、そこでの感動は、過剰な期待ほどには大きくないといってもいい。
 一年を通してそばの実の保存に気を遣う誠意ある店ならば、新そばであるか否かという以上に、茹で方と、冷水で締める仕上げの如何の方に、繊細なそばの味には影響するように思うところがある。
 そして、保存に気を遣うだけの細やかさを持ち合わせているならばこそ、毎回の出来不出来の波も少ない、仕上げにも手を抜かない、質の良いそばを出してくれるというものである。とはいえ、出来不出来がない分、常に平均点は高いが、さらに傑出したそばに出会うことも少ない。
 その点、その時その時の波が大きい、その意味で決して優良とはいえないつくり手が、新鮮な良素材が手に入る時期にたまたま調子良く作れたときに、大きな感動がある。むしろ、そこにこの季節ならではの、新そばの妙趣がある。


続ける為に

 またしてもこの日記への自己言及をしてこの日の分は凌ごう。――
 一時は軌道に乗ったかに思われたが頓挫しかけている。この日の分も3日遅れで書いている。単にその日付の欄を穴あきにしないためだけに書いて、何になろう。何にもならない。書かなければというストレスもないわけではあるまい。そのストレスと、空きをつくったときの後悔を避けたいとする思いを比してみれば、即座に前者に軍配があがる。もう明々白々ではないのか、そこまでして日付を連続させようとしているのはなぜか。
 いや、書かない日が一日二日と続きしまいには完全にストップしてしまう、そんなときの惨めさは今のストレスなんかよりも圧倒的に大きかろうことが想像されるからである。そんなことにならないために、少しでも隙間をつくってはならない。


絵具の匂い

 外は止まることなく雨がさあさあと降り続けている。秋も深まったなどという感慨深い季節感もなく、ただただ寒くなるだけのように感ぜられる。
 さほど広くもない部屋は複数の学生に共有され、大きいカンバスがいくつも立ち並び、それが文字通り壁となって、描く人の聖域を確保している。一方、立/建てるカンバスも持たない自身のスペースはといえば、出口の前ということもあって誰もが自由に行き来する廊下として機能している。
 その部屋にあっての雨の日。喚起が充分になされず空気のこもる部屋の中には、安い油絵具の強い匂いが鼻に付く。安い絵具が臭いのではない、特定されるその臭い絵具は、安い。対して高級な絵具は全て、甘い果物の香りが漂う(ウソだ)。
 いずれの領域から漏れた匂いだと詮索するわけではないし、もとより安い絵具で描くことそれ自体が、描かれる絵の評価を減ずる理由になるのでは、当然ない。
 ではなぜこうも鼻孔は神経質になるのであろうか。
 その匂いが、ただ匂いとして不快指数が高いという以上に、かつて高校生の頃その同種の香りのする絵具を使って描いた絵のことを思い起こさせるからだ。その不出来の絵を見て苦々しく思った記憶が嗅覚に刷り込まれている。