提出五日前

 24日が提出日の卒業制作は、作業工程として9.5割完成した。作品の良し悪しは別として、一点だけ作業上の不安があるにはあるがそれは杞憂じみているし、たとえこのまま手を加えなくても卒業は問題ないだろう。
 ものをつくる人なら誰でも抱くであろう、逆に言えばそれがなければつくることなんてできない、「圧倒的な名作の予感(つまり勘違い)」は、実はこの制作過程にもあった。最初に明快な完成のヴィジョンがあったというのは前に書いた通りで、だから、どうしようもない駄作にならない代わりに素晴らしい名作にもならないだろうと思いつつ、作業プロセスも順当に踏んでいた。そんなときふと、どうしようもなく興奮してしまうような、ぞくぞくするような予感があった。まあ、その後の過程で、その予感/勘違いもいつしか収まっていった。
 思うにそれは、想定内のルートとは別の道を示唆するような分基点に差し掛かったようなときだった。けれども、だったらその予感なりに従って進めば良かったのではないか、とは思わない。その別のルートの到着地点にあるものは、恐らくどっちかといえばオーソドックスな美術感(色味や素材感などの趣のある美しさ)であるように思うが、そういった感覚は最初から問題にしておらず、そのような価値観とは別のところでものをつくろうと考えていたからだった。ただ皮肉にも、制作中に最もぞくぞくしたのは、自分が徹底して排除しようとしたものが見えてきたときであったこと、これは注記しておく。今見えているものは、最初に想定した通りのものに近い。これはネガティヴな意味で書くのではない。
 未熟さの痕跡が目立つ。これは、扱う素材が初めてだったからではない。初めてであろうとなかろうと、そもそも作家は常に新鮮さをもって素材に対峙すべきであって、その新しい素材をいかに扱うかは、勘によって導かれる。手がどれだけ動くかは、どれだけ勘が働いているかに直結する。この未熟さが、勘が働かない為にできたのだとすれば、それは僕の寡作さに起因しているのだろうと思う。制作の勘というものも、つくり続けることによってしか磨かれないし、手を休めれば鈍る。こんなあたり前のことがようやくわかってきた。無駄なものを量産しても意味がないのは確かなこと。ただ、書道家が臨書を毎日2、3時間行うような、音楽家だって一日楽器に触れなければそれだけ勘が鈍るというような、そのくらいのレベルでの連続的な制作は、反復による慣れや職人的技術を習得するというのでなく、他でもない、制作に対する鋭敏な勘を保たせるためには絶対的に必要なのかもしれない。美術家にとってのそれが、ギリシャ彫刻のレプリカをデッサンすることではないにしても(もちろんそれだって悪いはずがないが)。少なくとも、何か少しでも良い作品をつくりたいと願うならば。
 
提出日五日前の今日、制作の手を一旦止めて思ったことはそういうことだった。本当に最終的に、この作品がどんな見えをするのかは、展示するまでわからない。作業としては僅かでも、最後の仕上げが重要なのは、なんだってそうだ。もう少し変わるだろうか。


ガラスを提供していただいた

 今制作している作品の素材は、鉄と、ガラスを使用する。そのガラスは、大変ありがたいことに、あるガラス屋さんに提供していただいた。
 もともと、(もちろんコストを含めての)作品の構想中、ガラスを提供してもらえないだろうかと画策していたのだった。昨年、軽くあしらわれるのを覚悟して、幾つかガラス屋を訪問し、作品プランを説明し、なんとか協力を仰げないだろうか、そういうことを考えていた。ところが、最初に飛び込んだ一軒目のお店が、幸運にも稀に見る好意的なところで、気前良く協力していただけることになった。今年に入り、仕事始めの忙しい中、作業場もお借りして、ガラスのカットや接着についても助言をいただき、すごく助かった。
 現状、日本で、評価も定まらない個人の学生に何かを無償で提供することは、まだまだ一般化しているものではない。希望を言えば、こうしたような、会社などからの美術作家への支援や協力は、些細なものであってもできるだけあるべきだと思う(※1)。例えばスウェーデンのコンストファックの修了展にあったもので、車を丸々一台提供してもらっていたというのがあった。学生に話を聞いても、一つの大掛かりなアイデアを思いついたとして、金銭的に無理だからやらない、というのではなく、お金が掛かるからスポンサーを探さなくてはならない、というような考え方をしている。実際学生であっても、良い作品には企画の段階で企業がお金を出しているのだ。出来上がった美術作品を買う買わないだけでなく、そこに至るまでの段階でのサポートがあること、その辺を見ても、社会の美術全体に対する後押しの違いを思わせもする。
 僕は特殊ガラスを要望したわけでもなく、または大量のガラスを必要としたわけでもない。高額な、大げさな支援を受けたというのではない。だとしても、いや、だからこそ、このような親身な協力をしていただいたことが、まずうれしかった。僕は、感謝しても感謝しすぎるということはないだろう。
(※1:絵画制作に関しては考えはやや別で、絵画はパーソナルなところがあって、あるいはそれが可能なメディアであると言ってもいいかもしれない。この個人が個人でもって制作するという、頑迷ともいえるかもしれないパーソナリティは、しかし失われるべきではないと考える。)


四つの質問

 一気に雪が降った。これまでは過去になかったほどの雪のなさで年末年始も雪かきせず過ごせたし、このままさっぱり降らずに一冬が過ぎてしまえば、こんなにありがたいことはないと思っていたのだったが。残念だ。
 大学で行う卒展で、カタログも大学が作っている(東京展とは別)。よく知りもせず書いているのだが、それが、大学の名で世に送り出すこともあってか、それなり凝った感じになるらしいということは少し聞いた。例えば、作品集のほかにも、個人個人にスペースが割かれた、個人の写真と言葉を載せる冊子も付属させるという、下手すれば卒業アルバムの様相を呈しかねない、だったら内輪だけでやってくれ、というようなものがあった。だがそこはそこ、個人が好き勝手に書くのではなく、一まとめにQ&A形式にして、外部とつながる余地も辛うじて残される形式にはなっているのだった。
 しかしながら困ったことには、私には、その4つの質問のどれをみても、何の言葉も浮かんでこないのである。答える/られる気持ちが本当にない。本当にそうなんだからしょうがない。
 既に、なかなか出さない人を見越しての暫定的な締め切りは過ぎている。いい加減さっさとその質問に取り掛からなくてはならないのだが、なにか質問に答えない形で、適当な文章に付け替えようかとも考えている。いやしかしなぜこうも気が重いのだろうか。
 やけくそで、こんなところに書き込んでしまった。ついでに質問も書こう――完全に逃避だ。
Q1. あなたの作品にしかない、オンリー・ワンの魅力とは?(宮島達男副学長より) Q2. 故郷の風景や、そこでの記憶は、あなたの作品にどんな影響を及ぼしていますか?(慶松寺住職さんより) Q3. もてる力のすべてを尽くした卒業制作。あなたにとって一番大切な観客は誰ですか?(こども芸大保護者さんより) Q4. 作品のアイデアがひらめく瞬間って、どんな時ですか? (卒展ディレクターズより)