制作を

 作品の構想を練っている。僕は本当につくる前に、こんなことをやってもだめなんじゃないか意味がないんじゃないかというようなネガティヴな方からしか入り込めない。何かアイデアを思いついてもたいていは一晩たてば却下。それでもようやく、しばらく寝ても起きても消滅しないものがでてきて、確信はないけどやってみようかというところまで持ち上がってきた。さしあたって実験的な試作から始めないとどのていどできるのかわからないけれど、自分が取り組んでいる仕事としては次のステップとして妥当性があるような気もするし、いくらか意味はあるように思う。
 それに、いってしまえば、次につくるものが必ずしもとんでもなく良い作品にならなくてもいいかと思う。何も華々しいデビューを考えているわけではないし、自分のなかで探求を重ねていって、後々そうしたものが統合されて、一つ良い作品が残せればいいと思う。こうした考えって少し古いというか、芸術が神聖な修練を重ねてつくられるというような神話に沿っているかの印象を与えるかもしれない。うん、ダ・ヴィンチなんか、20そこそこくらいで《受胎告知》みたいな、あらゆるものが統合されたものを描いちゃっている。
 けれどもそこで、作品そのもののみならず、制作していくということの一つのタイプとして召還したいのがやはりセザンヌなのであって、彼の、若いうちは評価されなかった云々、ではなく、晩年のあの《サント・ヴィクトワール山》に行き着くまでは相応の思考過程を経てきたはずであって、それなしにはダ・ヴィンチのようなタイプの人でもなされることのない類の達成のように思う。
 理念を思い描くこと、それ自体は罪になんかなりっこないはずだから、僕はそうした幸せな(?)作家像を、いまは理念としたいところがある。では、理念が罪となるのはどの時点か。行動に移したとき? いや、それは行動を起こさなかったときであるわけで、早めに制作に取りかかりたい。
 
 半透明の、色のある作品をつくりたい。
 できればそれを、一点のシミもない、作品よりもきれいな壁にかけたい。
 そうだった、むしろ問題なのは、つくった作品をどこに置くかということなのであって、どこか良い場所はないだろうか?


作品について、は休止

 卒業制作選抜展が終了した。(ご来場いただいた皆様ありがとうございました。)
 
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 制作しなければよかったとは思わないように、書かなければよかったとは思わない。と、そうしたいところだが、後者は少し思っている。
 このたびの作品についての記述は完遂はしていないけれど、そのため律儀な作者が内心もっていた義務感を解消させたいがために、(とりあえず休止してしまいたいと思う実質的にはもうしているようなものだが)。これ以上時間をかけて書くのも生産的だとは思えない。
 それにしても、作家が自作を語るとき、どのような文章を書くことができるのだろう。よくわからない詩のようなものがときどき作品に付されているのを目にすることがあるが、私はそうしたものを読めないし書けない(と思っていたのだが、自分の書いたものでも後から読み返すと、「詩のようなもの」にしか見えず、発狂しそうになる)。また、こういうものに関心があってそれを描いた、というような「私」と制作が短絡するようなものも違うような気がする。しかし、そういったものを恐れすぎたために、あまりに簡略化されたフォーマリズムのようなものをいくらか書いてしまった感がある。いや、それは最低限共有したい前提としてあげたまでで、そこからどれだけはみ出しているのかが、なにより書かれなくてはならなかった。けれども、作家の言葉は、というか私が自分の作品について書くことは、どうしたって予定調和的か、さもなくばこじつけ的にしかなりえないように思え、自分ではどうしても鼻白んでしまうところがあり(結局作品がそれだけのものであったということもできようが)、それが書かれたところで、その文章よりは実際の作品のほうがまだしも面白いんじゃないかとも思うのであった。


デュマス

 デュマス展なんかは、見ていてわりと複雑な思いがした。
 大学に入る前、デュマスは好きな作家だった(紀伊国屋書店のセールで、ファイドンのデュマスの画集が1000円で売っていたのを見つけたときは迷わず買ったし)。
 デュマスは技術的に巧いところがあって、ドローイングなど、水彩のたらし込みでできるにじみやぼかしをうまく使って「顔」にする。ほとんどの顔は正面向きで浅い空間をもって描かれていて、そうした強い平面性は水彩の表情、素材感とうまく合致して、目を愉しませる。中にはまれに、部分的に卓越した水墨画のような絶妙の呼吸でなされるところが目に入ってくる。でも、基本的にはもうちょっと気楽な調子で描かれているのだが、いくらか並んでいる中にぽつぽつと、息を飲むような鋭い緊張感を発していて、そうしたものが全体を豊かにしている。
 絵画的な質は低くはないからそうした表面的なところを見ていっても楽しめるはずなのに、この展覧会は、どうにも目が滑ってしまって、見れなかった。
 僕はある時期からキャンバスに油彩という形式では絵を描かなくなったのだが、それは、ある現代絵画の雰囲気のなかで、無自覚に無批判に感化されて描いているのではないかと、ふと疑問をもったからであった。僕の思い込みでは、その現代絵画の雰囲気の一つに、デュマス的な雰囲気あるいは雰囲気のつくり方のようなものがあった(いまにしてみれば、その不信自体にもそこまで厳密な根拠はないのではなかったかと思うが、ともあれ)。
 美術館に入って作品を前にして、感じとしてはやっぱり好みだなという印象があったことと、でも自分がこういうことやっててもだめだなと前に思った個人的な経緯も絡んできて、なんだか錯雑した気持ちになってまともに絵を見れなかったのだった。


6月4日 モネ展

 月曜日、午前中に国立新美術館のモネ展へいった。
 美術の作品制作に関して「連作」の問題がある。
 モネは後年、《積み藁》や《ポプラ並木》、《ルーアン大聖堂》、《睡蓮》といった同一のモチーフ、同一の構図の絵を何枚も描く「連作」の仕事が多くなっていく。時間とともに連続的に変化する世界を、そのときそのときの視覚体験として複数の画面に落とし込む。個々の作品は差を含みつつ連続性によって紡がれ、持続的時間の表現となる。モネが連作として、その時間の移ろいとともに示したもの、それは光の変化によって生み出される色彩の微妙なニュアンスであった。《ルーアン大聖堂》、《睡蓮》の連作に顕著に見られるが、古典的に奥行きや空間の広がりを感じさせる構図ではなく、より平面的に、表面的に、光や色彩そのもの強調させるようになる。個々の作品だけでは表現しきれない時間的厚みを帯びた、豊かな色彩の移ろいを捉えていく、それがモネの連作性である。
 「連作」とは似て非なるものとして区別が必要だろうが、ポップアートやミニマリズムにおける「反復」というものがある。モネの連作では、持続するものの中に注意深く、積極的に差異を汲み取っていくが、ウォーホルでは、そうした差異を切り取っていき、限りなく同一のものとして繰り返していく(とはいえ違いはゼロではない)。ジャッドは工業製品的な物体を並べた。
 昨日の講義の受け売りというか、そこで仕入れてきたことも付け加えるなら、メル・ボックナーの、どこにでもあるガススタンドを複数枚撮った、という作品がある(タイトルは忘れた、「何枚のガススタンドの写真」とかそんなの)。一枚一枚の写真には何の意味も面白みもなく、また並べたところでどうということもない。一点と一点の間、その関連性を読み取らせる、そのことだけを、いわば連作の手続きだけを、提示する。
 そのボックナーの作品には《必ずしも芸術として見られる必要のないワーキングドローイングとそのほかの視覚的なもの》というタイトルのものがあるが、60年代、ミニマリズムやコンセプチュアリズムには、それらの制作原理のあまりの貫徹によって自ら芸術から断絶を図ろうとしていくようなところがあった。
 いま制作といえば、多かれ少なかれ連作的な考えに基づいて行われるものになっている。そのとき、一点の作品というよりはむしろ関係性が何かというところが最重要項となる。しかし、そうすると一点の作品の質を問うということがあまり重視されなくなることがある。一点の持つ質が関係性を読むことの弊害になるというのなら、それは「質」の意味を履き違えているような気がする。
 また、一つ覚えのような繰り返し、何かを数多く並べる、といったふうな制作が大した考えもなく行うのは、かつての徹底ぶりを思えば、能天気にすぎるのだろう。そればかりか、繰り返しや数が多いということで、こけおどし的なインパクトが容易に得られるもので、そうした目的のためだけに使われるとき、むしろその方法論を矮小化するものであって余計にたちが悪いのかもしれない。
 モネの作品を見れば明らかだが、連作であってもそれぞれの一点の作品においてが重要であり、見られることの強度が(全部が全部とはいわないけれど)ある。ああ、やはり、一点の質を問うということが大事なんじゃないか。
 モネ展で思ったのはそういうことだった。
 その後銀座のギャラリーへいってオープニングやらなにやらがあって、その日の夜行で山形へ帰った。


6月3日

 日曜日、午前中は現代美術館に。
 ちょうど、アジア系のどこかの団体の人たちと一緒に美術館に入った。先にささっと展示室に入ってしまおうと思い、ガイドの人がなにか説明している隙に急いでチケットを購入して、さあいこうと展示会場に足を向けた。と、そのとき、なんということか、それと完璧に同タイミングで団体の人たちがぞろぞろ展示会場に入っていくではないか。彼らはチケットを窓口で買う必要がないのであった。
 わざわざ一緒に見て回るのも何なので先に常設の方に回った。いままで見たことがないような程の様変わりの仕方で展示換えをやっていた。ばかりでなく、二階では、岡本太郎の《明日の神話》という巨大な壁画が待ち受けていた。正直いって、浅学寡聞の僕にとっては岡本太郎は全く理解の範疇に入っていない。これをみて、ただでかいという以上の感想を持つには、もっと違った視点や見識の導入が不可欠なんだろうとは思うのだけれど。
 その後デュマス展を見にいく。
 その後は、昼ご飯の後、芸大でやっている写真に関しての展覧会と、それに付随したシンポジウムをこの日にやっているということで、それを見に/聞きにいく。展示も無料ということであるし、展示とシンポジウム合わせて二度おいしいというような効果を期待したのだったが、(上にも下にも)期待に違わず。
 その後、人とあって、ご飯を食べた。


6月2日

 上野、国立博物館にてレオナルド・ダ・ヴィンチの《受胎告知》を見た。
 こういう、押し流されるほどの人の入る展覧会には、閉館ぎりぎりの比較的空いている時間にいくのが賢明だが、土曜日でもあることで終日変わりはないかなとも思い、それよりも日程の都合上、午前中にしか足を運ぶことができないのであった。開館時間前にいくとすでにゲートの前に人が集まって並んでいた。
 《受胎告知》は一点だけ特別会場に隔離され、そこではその絵に近づいていって、右から左へと一旦通り過ぎた後は出口に向かうのみで、戻ってもう一度、とはいかないようになっている。絵の前では、二つの流れが出来ている。絵の真ん前を通る流れと、その後ろをいく流れ。直前の列は絵との間に誰も挟むことなくもっとも近い位置だが、流れが早く、通り過ぎるだけである。その後ろの列はまだ少し立ち止まっていられるが、間に人が入る。結局、後ろの方から少し眺めて、左に抜け、その斜めの位置には人がなかったので、そこに陣取ってしばらく眺めていて、この絵は、この位置とは逆の右から見るように描かれているんじゃなかったか、ということを思い出して、そして外に出た。
 午後からは、ふらふらして喫茶店で時間を過ごして、それから銀座に向かった。搬入作業の後、何人かでご飯を食べた。