七月の終わり

七月の半ば頃になると、梅雨も明けきらない曇り空であっても紫外線はそれなりの量を降り注いでいる。直射日光が当たらないからといって油断して外に二、三時間も出ていれば、気づくと顔や腕が赤くなって火照っている。僕は肌が弱いので、ちょっとした日焼けなどでも、人よりも大げさに肌が赤くなって、それで一日二日経てばぽろぽろと垢のように皮膚が剥けて落ちるような感じがあるのだが、そうした間、やはり炎症を起こした皮膚は赤みを帯びていて、「赤ら顔」という、言葉のニュアンスとしても好ましさや微笑ましさ、愛嬌のようなものはあまり感じさせないものなのだが、そういう顔になっていて、普段に増して醜悪な面を見せていることに嫌気がさす。とはいっても、自分の顔は自分では見えないから、よしんばトイレや洗面所の鏡を通して見えたとしても、そんなことはほとんど意識し続けることはないのだけれど、ただこの夏初めて火照りを感じるほど日に焼けたとか、そういうことがあってこうして振り返ってみるとき、鼻の赤くした顔について何かあえて思うとすれば、やはり醜悪だという以外の感想はない。
久しぶりに日記でも書こうかと思ってこのサイトを開いてみたら、なくなっていた。あったはずの場所にはNot Foundのページが表示されて、あ、なくなったんだ、と自分が管理者でありながらほとんど他人のサイトの消滅を見たかのような感じがあった。次の瞬間にようやく管理人として、何にもいじってはいないけどどうして?と不思議に思ったのだけれど、何にも触っていなかったということは、つまりそれは、更新手続きもされなかったレンタルサーバーの契約期限が切れたんだと思いあたった。
香港からポストカード(の入った封筒)が届いた。その人からはチャイニーズ・ニューイヤーのときも飾りの付いた葉書を寄せてもらったし、旅行かなんかでどこか行ったときも現地からポストカードを送ってくれたりしていた。だいたい僕は用件がある場合の他は特に積極的に人と連絡を取ったりはしないし、それは大方他の人もそうであるように思う。そうはいっても僕から人への、人から僕への用件は、ともにそうそうあるわけではないから、まず連絡をとるということがそれほどない。あったとしても、一時的に何度かやり取りをしたけれども頃合いが過ぎればそれっきり途絶えてしまうというのが多い。そんな中でも、間は空くにせよ、というより空いていながらぽつぽつと定期的に便りをよこしてくれるという、そうした継続の実感があるのは珍しい。
僕もそのうち絵葉書でも送るよ、といったメールを送ったのはずいぶん前のことで、でもいつ送るとは書かなかったから、ずっと送ってはなかったのだけれど、そろそろ送ろうと思ったので、地元の土産物を売るところへ行って絵葉書を買った。そこで売っていたのは蔵王の樹氷と天童の人間将棋と、あとはなんだったか、その中から、もうすぐだったっけと思いながら花笠祭りの絵葉書を選んだ。和服の女性が列を作って踊っている写真だった。
新潟に行った。
といって、だからどうしたわけでもなく、行き先は新潟でなければならないと思って行ったとか、新潟でなければならないということはないけれどもその土地に初めて行って楽しかったとか、新潟でなくてもよかったし行って楽しいということもなかったけどこういう土地なんだなということが多少なりとも気づくところがあったとか、そういうこともまったくない。だいたい自分の能動的な意思があって行ってきたわけではないし、自分で行くというよりも連れて行かれたようなものだし、行ってもすぐ帰ってきたわけで、行き先が新潟だったのかどうかも定かではない。いやもちろん用向きなどもあったし、事実として疑いがあるのではないから、「定かではない」は言い過ぎだけれど、つまりそれは比喩的なもので、気分の上ではあてはまる。
この、「新潟に行った」と書くことは「参議院選挙に行った」と書くのと同じみたいなもので、だからどうしたというふうに書くことがちょっと思い浮かばない。でもたぶん「選挙に行った」と書く場合、たとえば、僕は当然選挙くらい行く良識は持ち合わせているのですというようなポーズを取りたい場合には、書かないということもないかもしれないのが、ことさら「新潟に行った」と書いてその文字裏にそれとなくにじませたい事柄もとくにあるわけではないし、あれば普通にそれを書くのではないかと思う。
あと、同様に、青森、秋田、岩手に行った。