大晦日/イチゴとキウイと洋梨のタルト

大晦日の今日は雪が降り出した。窓から外に目をやると細かい雪がはらはらと落ちていて、庭の木の枝や道路や家の塀などに積もっていき、辺りは少し薄暗くなりながらも白い雪に照らされて柔らかく光が行渡っていて、全体に光景が淡くなっていくような、冬の感じ。鐘の音が聞こえる。こたつで寝転んで本を読んでいると、すぐに睡魔に襲われるのだけれど、ほとんど眠いと感じる間もなく眠ってしまっていた。
読んでいるのはジョージ・オーウェルの『1984年』で、ついでにというか、年末年始の休みのうちに村上春樹『1Q84』もまだ読んでいなかったので読んでしまおうかなと思い立ち、図書館にあるんじゃないかと思っていたら、当然のように図書館は休みだった。たとえ開いてたとしても誰かが借りているというのが、まあ順当なところである。

今日はフルーツタルトを作りました。いちごとキウイと、なんとかという洋梨のタルト。最初にタルトの土台を切り分けておいてフルーツを後から乗せる方式にした。フルーツを一度に並べたタルトは豪勢だけど、切り分けるのがちょっと大変。切るとぐちゃぐちゃ。後から乗せるのはその苦労はないけど、完成の豪華さには欠けるといえばそうかも。やり方はいろいろである。
わりかし手間をかけた分、とてもおいしくできました。一年の締めくくりにとても良かったんじゃないかと。明日のおやつでもあるので、始まりとしても。
今年は皆さんにお世話になりました。また来年もよろしくお願いします。
イチゴとキウイと洋梨のタルト


カレンダー

会社で取引先から届いた2010年のカレンダーが集められ、「欲しい人は持っていっていいよ」というので、いろいろ見ていた中にDNP大日本印刷のカレンダーがあった。DNPのカレンダーは毎年いろんな国の美術館を取り上げているらしく、去年、というか今年の2009年はストックホルムの近代美術館を取り上げていて、それはけっこう欲しかったのだったけれど、2010年は何だろうと思って見てみると、来年はネルソン・アトキンス美術館というアメリカの美術館だった。作家がマイナーな作家が多いのはいいとしても、作風があまり好きでもないし壁に掛けておくのもどうだろうなあ、と思いつつ、カレンダーの作り自体はすっきりしていて良かったのでとりあえず一つもらってきた。仕事が納められた。
仕事の後は、期限切れ間近の招待券を消費するために映画を観に行った。『のだめカンタービレ』を観ました。音が、実際の生演奏を聴くのとは違うにしろ、大きく迫力があって良かった。映画のなかでまるまる一曲聴かせてほしいくらい。映画を観るの久しぶりだし、演奏会などからも遠ざかっているなあと思う。何かに近づいてはいるのだろうかね。
映画の前に隣の本屋に行って、年末にぬくぬくと寝そべりながら眺めるために『BRUTUS』と『Bicycle magazin』という雑誌を購入する。


ギュスターヴ・フローベール『感情教育』

プルーストを読んだ後はフローベールの『ボヴァリー夫人』『紋切型辞典』『感情教育』などを読んだりしました。
プルーストは「フローベールの『文体』について」という文章を書いていて、「私の考えでは、『感情教育』のなかでもっとも美しいものは文節ではなくて一つの空白である」と書いているらしい。『感情教育』では、時間の流れを不意にぶった切るような場面転換があって、「そして突如として時のきざみは、一足飛びに数十分単位から数年単位、数十年単位にと変わってしまう」。このような時間の「空白」はプルースト自身の小説に見られるそれと似ている。

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BMC SL01、2008年と今年と来年

BMC sl01 2008
雪が降ってしまったので自転車に乗れなくなってしまいました。でも今日なんかはいい感じに晴れていた。先日の雪も随分と溶けてきたし、やはり今年は暖冬なのかなというところですね。
自転車は乗らなくても見ているだけでオツなもので、本当に良いなあ、かっこいいなあと思えてくる。ほとんど自己満足だけど。
ではでは僕の自転車を紹介しよう。

Continue…


キャラメルパウンドその2

キャラメルパウンド
余った材料でキャラメルパウンドケーキをまた作った。これはもうスピードで、時間をかけずに作ろう、ということで大幅に手抜きをして作ったもので、おまけにキャラメルの生クリームは賞味期限が切れていたのをかまわず使ったのだった。膨らみも悪いし、若干焼きすぎとはなったものの、いや、だけど味だけ見るとなんだか一回目よりもおいしかったような気が…。手抜きした方がおいしいって、どういうことなのでしょうか。


キャラメルパウンドケーキ

caramel pound cake
なんというか貧乏暇なしといった感じで、あくせくと過ごしています。師走の慌ただしさと物悲しさが渾然となった空気感の中で、雪が降り出しました。

砂糖を鍋に入れて中火に掛けておき、やがてじわっと飴色に溶け出し始め、焦げる寸前の苦みを思わせるカラメルの匂いを合図に火を止めると、そこに生ぬるく温めておいた生クリームをゆっくりと注ぎ込んだ。
ボウルの中でバターをようく練り込み、砂糖を入れて混ぜ、卵黄を一つ入れて混ぜ、さらにもう一つを加えて混ぜ合わせていく。粘っこいバターを練り回す動作を繰り返しているうちに、腕は重くなり力が入らなくなった。泡立てた卵白と粉を加え、先に作ったキャラメルのソースを練り込んでまとめ上げた生地は、いくらかダマっぽいようで、いまいち焼き上がりに良い結果をもたらすとは思えない、ぼてっとした生地に仕上がった。型に入れると分量が少ない。レシピの型よりも大きな型を使っていたことに気付いた。焼くとそれなりに膨らんだのでよかった。味も、キャラメルの風味が仄かに香ばしく、意外にもおいしいものであった。
一センチ強に切り分けたパウンドケーキを、朝、二切れ食べた、三時のおやつに三切れ食べた。夜、二切れ食べた。まだ残っている。明日も食べるだろう。なくなったら、も一度作るかもしれない。冷蔵庫には余った生クリームとバターがある。


秋田市へ、2泊

昨日の夕方に着き、すっかり暗くなっているころ、駅の方へ向かって歩いてみた。霧雨のような細かい雨が降っていて、傘もなく、服がしっとり湿る。早足で歩く。特に目的もないのだけれど、まあ散歩ですね。
仕事の後にでも、ちょっと自転車屋に行ってみたいと思っていて、で本日行ってみたら電気が点いていなかったので素通りすることになった。駅の東側、車で行かなくちゃいけないけど、前に一度行ったことのある店で、大きい店ではないけれどいろいろ自転車用品を置いてあるし、また見てきたかったのだった。残念。
最近思うに、出張先に自転車を持っていって、そこら辺を乗り回してこれたら面白いのではないかなあ、と。叱られそうだけど。
2009-12-11


マルセル・プルースト『失われた時を求めて 13 第七篇 見出された時 II』

失われた時を求めて〈13〉第七篇 見出された時(2) (集英社文庫ヘリテージシリーズ)
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最終巻。語り手は「仮装パーティ」の会場に案内される。時間は人々の肉体に老いの刻印を押し、社交界における彼らの地位も人間関係も変化させていた。〈時〉を見出した語り手は、自らに残された時間に不安を覚えながらも、作品に取りかかることを決意する。
読了後、第一巻をパラパラとめくって読み直していたら、シャルリュスが一巻目ですでに姿を現していたことに気付いて驚いてしまった(3巻目あたりのバルベックでの登場が初めてだと思っていた)。また、終盤、啓示をもたらす契機となる『フランソワ・ル・シャンピ』という本も第一巻で登場していた。
いつ終わるともしれない長大な物語の結末のために、すでに冒頭から準備されている挿話がある。数々の挿話の一つひとつが最終篇に呼応しているという、この壮大なプランと緻密な構成にまず驚かされるのだが、一方で物語には絶えず語り手の論考が介入し、なおかつ未完であるがゆえの矛盾が含まれている。これはどうしたって読み返すたびに新たな気付きがないはずはないだろうと思う。
この『失われた時を求めて』という小説は円環的であるという。この小説を読むという行為もまた、終わることがないのではないか、と思った。