0930

きのう家に帰ったのが1時半すぎ、さっさと眠ってしまいたいが、うまく寝られない。うつらうつらして目が覚めて5時半。2時間くらい寝たのだろうか。私にとっては睡眠はなにより必要なのに。うう、胃が痙攣するようだ。

Tさんとロード。いやあ、速い人に引っ張ってもらうとスピードもあがること。しかし、登り坂なんかに差しかかると、ついていけなくなる。どんなに必死に足を回しても、もはやついていくことができない、そうなったときの失望感、疲労感は、倍増し。でも今日はがんばってついていったほうかな。他の自転車乗りもけっこう見かけた。54km。

読書。ヴァージニア・ウルフと同じ巻に収録されているのが、ジーン・リースの『サルガッソーの広い海』。『灯台へ』が幸福感の小説であるのに対して、『サルガッソー』は不幸感の小説であるという。カリブ海の小さな島が舞台。この熱帯の空気感、あるいは異様な狂気感はちょっとガルシア=マルケスを思い出す。

解説を読むと、この小説は『ジェイン・エア』という小説の設定を基にしているとのこと。その『ジェイン・エア』という話、読んだことないけど知ったような話だなあと思っていたら、ペンギン・リーダーズで読んでいた。ペンギン・リーダーズというのは英語学習者用に平易な英文でリライトされたシリーズで、ちょっと前に集中して英語を勉強していたときに、何冊も読み飛ばしたうちの一冊であった。


0929

起きるとだいぶよくなった気もするし、まだふらふらするようでもある。もういっそのこと自転車に乗って風に吹かれれば、体にどんよりと残るこの気だるさも、ふっと吹き飛ぶんじゃないか。そう思い、えいっと自転車に乗る。34km。

地元の友人が帰省しているというので、飲み会。夜1時を回ったところで、抜け出させてもらう。酒を飲まないので車で帰る。ただ、私が車で帰ってしまうと、あの人たち帰る手段がなくなるんじゃないか、などと気になったのだが、いや、なんでそんなことまで考えてやらなくちゃならんのか。知りません。


0928

本日がこの職場の最後の出勤ということになる。最後には一応お別れの挨拶。なにもお役に立てませんでして、恐縮しきりです。

なにもしていないけど、ひどく疲れた。いまだ体調不良のため、体がこわばるような、筋肉痛のような。もう辛くて辛くて、早い時間から床に就く。もうろうとして眠りにつく。


0927

今日も体が重い感じ。午前中、読書。ソファの上で読んでいると、睡魔に襲われ、しばし寝入る。起きると、また読みだす。ヴァージニア・ウルフ『灯台へ』読了。
夜、芋煮をつくる。少し甘め。一日だるい感じは続く。早めに就寝。


0926

6時に目を覚ますが体が重いような気がしてそのまま布団の中で一時間ほどまどろむ。まずいなあ。怠けはじめるときりがない。

夏の間は、家にいるときなどはTシャツに短パンという格好がほとんどで、それ以外に服を着るという気にもならなかったのだが、近頃ではもはや半袖でいるのは寒い。長袖のシャツを羽織る。それだけで寒くなくなる。むしろ心地よくなる。服というものの機能の、なんとすごいことかと驚きさえする。

怠けているというんじゃなくて、どうやら体調が悪いらしい。風邪っぽい感じ。しかし病は気からともいう。たしかに気は張っていないかもしれない。なにか脱力した感じ。

夜、ラーメン。買い出し。


0925

昼に木陰の下で本を読む。暑くもなく寒くもなく、まぶしくもなく、これほど外で快適に本を読めるなんてそうそうない。『灯台へ』を読み進める。このおもしろさってなんなのか。まだ第一部の途中までだが、なにが起こるというわけでもなく、ただその日の暮らしのうちに、それぞれ人には人の考えや事情があるということを、それらをあちらこちらと渡り歩くように延々と描かれる、人々の意識の息づかいが、それがもうおもしろい。

久しぶりに事務所に行ったら疲れた。仕事をして、というより、もはやなにもすることがなく、ただいるということが疲れる。


0924

5時30分起床。自転車乗りに出られるか、空模様と路面を確認しようと窓から外を見やると、それに合わせるように雨が落ちてきた。入浴。

池澤夏樹編集の世界文学全集からヴァージニア・ウルフの『灯台へ』を読みはじめた。


0923

ひとつ目の目覚ましは5時35分にセットしてある。アラームが鳴る前に目が覚めたが、すぐまた昏睡。アラームが鳴って、止めて、15分ほどして起き上がる。目覚めがあまりよくないが、前と比べるとだいぶ早起きするようになったほうだ。ロード、41km。

洗濯。雨がぽつぽつ降っている。今日は仕事に出なくてはならない。久しぶりのような気がする。

4時には家に帰る。朝吹真理子『きことわ』。読みながら、今日の夕飯はどうしようか、と思案していたところ、作中、カップラーメンをつくり、しかもその汁におにぎりを入れて食べたい、というくだりがある。これはと思い真似して、というかそれしかなかったのでカップラーメンに冷凍ご飯を温めて入れて食べる。「カップラーメンの容器が透明ならば、湯によって即席麺なり乾燥ネギなりがだんだん膨張してゆくのをありありとみてとることができ、そうすれば、まぎれもなく時間がそこに存在しているのだという気をおこさせるのではないかと考えた」。引き続き読みすすめて最後まで到達。

夜。スーパーに買い出し。雨で客足が少ないためか、お惣菜がいつもより多く残っている。それで投げ売り状態の総菜をいくつか買う。今日は一日干しても洗濯物が乾かなかった。