1031

この人はいい人だと思ってもそれは私にとっていいということで他の人にとってはよくないということもあるわけだから、私はいい人のことをぜんぜんいい人だとは思っていないふしがある。まったく人の世は猥雑であることだよ。くわばらくわばら。


1029

いつ風呂に入るかというのが、最近の問題だというほどでもないけどちょっと迷うところで、朝はだんだん早起きできなくなっていて朝風呂に入る時間の余裕を持てるかどうか不確かだし、夜は夜で億劫で風呂に入りたくない。なんでこんなに億劫なのか。入ってしまえば、こんなに心地いいものはないな、入ってよかったな、幸福だなあ、と、きっと思うのだろうけれど。それはわかっているんだが。

夜。ご飯、さばの味噌煮、オムレツ、ほうれん草、わかめスープ。


1019

ブックオフで買った小林紀晴『写真と生活』を読む。これは雑誌『日本カメラ』に連載されていた写真家のインタヴュー集。

写真家といえば、先日、写真家というか職業カメラマンの仕事をそばで見ていた。カメラマンっていうと、私の身近にいた限りの例では、あまりいい人というのはいなかったような気がする。だけど、そのカメラマンは感じのいい人で、なおかつ作品づくりにも厳しさがあるという人で、こういう人も当然だけどいるわけだ。

こんなことを言うのだ。「毎日、何を見て何を美しいと思うか。それがないとダメなんだよね」。美しいと思えば、こうしたいと自分のなかにあれば、工夫する。それを作り出そうとするのだ、と。

もっともなことを言うなあと思うし、こういってなんだけど懐かしい言葉にも聞こえた。こういうことを、私は昔考えていた。というか、私も美術大学を目指していたわけだから、美術家になりたかったのだ。美しいものをつくることをしようとしていたのだ。

それでそういったことを考えてはみたものの、いつもたどり着く結論としては、私なんかは結局、根本的に感受性に乏しい人間で、美術なんかやっていてもダメなんじゃないか、努力でどうなるっていうものでもないんじゃないか、ということで、それが常に悩みの種であったわけだ。


1028

実家の茶の間に、ばあちゃんがこたつを出すのを手伝う。今日は昼頃には帰ってロードバイクに乗っておきたいと思っていたが(一週間も乗らないと、その次がキツい)、雨も降っているし寒いので、怠け心が全開で、こたつでだらだらと寝そべって漫画を読んで過ごす。『ブラックジャック』『キャプテン翼』などを読む。晩ご飯を食べてから帰る。


1027

メールで「不在でした」云々の連絡がヤマトから来ていたので、今日の午前中に再配達してもらえるようネットで依頼していた。それで家で鎮座して待っていたら、実家の母から「荷物が届いた」と連絡が来た。そっちかよ。住所がそっちになってたのか。不在票がなかったわけだ。

荷物は楽天の電子書籍リーダー「kobo」であった。そういえば何かのキャンペーンで応募していたかもしれない。応募しといてなんなのだが、この楽天のやつはいらないので、母にあげようか思ったけど、母もいらないようだ。このまま未開封のままヤフオク行きかな。

しかしこのkoboというのは夏くらいに発売したのではなかったっけ。電子書籍というと、劣化しない不変のもの、ということではあるのだろうけど、どうしてすでにこんなに色あせてみえるのか。

ともかく実家に帰る。


1026

管理しなくちゃいけないスケジュールなんてのもそんなにあるわけじゃないから、手帳などもそんなに活用していないのだけれども、ふと思い出したように見てみると10月のカレンダー欄には「ワイズマン」とだけ記されていたのだった。たぶん、2、3か月前に目にした、いつも読んでいるブログかなんかでフレデリック・ワイズマンの『クレイジーホース・パリ』について書かれてあって、調べてみると山形では10月に上映されるようだったので、そのとき気が向けば、という程度でメモしていたのだったと思う。

私なんかはそんなに映画を観ない人間だけど、手帳にメモするくらいだからこれはおもしろいんじゃないかと期待をもったのだろうし、なにかこう、映画などを観て滋養を取り込まないとまずいのではないか。そういう気分もあって、仕事帰りに観にいくことにした。

「クレイジーホース」というのはパリのヌード・ショーをやっているクラブで、ショーの映像はもちろんかっこ良くて素晴らしい。また舞台裏での女性たちの振る舞いとか、稽古の様子とか、そういうのもまたいいなあと思う。

いつかパリに行く日があったら、訪れてみたい場所が一つ増えた。といっても実際にああいうクラブとかバーみたいなところに私なんかが行くとしたら、いかにも日本人の観光客然として見えるに違いないだろうから、本当にそこまで行きたいかどうかは微妙なところだ。


1024

昼、天ぷらそば。新そばの季節だからそばを食う機会も増えるのだろうが、天ぷらもよく付いてくる。よくでもないか。

DVDで黒澤明『椿三十郎』を観る。これは初めて観るのだっけか。観ているとすれば小学生のときなんだろうが、椿が川のせせらぎを流れていくところと、最後の血がブシューと吹き出る場面はかすかに記憶にあるような気がしないでもない。


1023

図書館のDVDで『借りぐらしのアリエッティ』を観る。夜はもはや寒い。ふとんにくるまって、観る。

「アリエッティ」とはどういう意味の名前なんだろう。日本の家に借りぐらしをして、つまり日本人の文化の中に住んでいて、「アリエッティ」なんて名前が付けられるものなのか。まあそこは、小人には小人の名前の付け方があるのだろう。

それはそうとして、日本人の人間の男の子が名前を聞き、相手が「アリエッティ」と答えるのを聞き取れるものなのか。私なんかだとたぶん聞き取れなくて「はい?」などと聞き返してしまうだろう。違う文化圏の名前だとなおさら聞き取れないものだ。あるとき外国人に対して私の名前をフルネームで言ってみたら、相手はもう、ぜんっぜん聞き取れねえ、みたいな反応をされたことがあった。

それはまあ映画にリアリティがあるとかないとか難癖つけたいのでもなくて、むしろおもしろかったという話。