紅玉のアーモンドケーキ(フラワー型)

FH010002

 

製菓材料店のCOOKS-81からセールの案内が届いていたので、何も買わなくていいのだけどと思いつつも覗きに行ってみたら、やっぱり製菓用品というのは見ているだけでもおもしろくて、あっちを見たりこっちを見たりといつまでも店内をぶらぶらしている始末であった。とはいっても、けっきょく買ったのはフラワー型のケーキ型くらいだったけど。あとは普通に使うアーモンドプードルとグラニュー糖などを調達した。

さっそく新しい型を使ってみようかと思って焼いたのは紅玉のアーモンドケーキで、ちょうどプチノエルのシェフが作っていたのをFacebookで見て、真似をして作ったのだった。味も真似できればいいのに。まあでも、これでもけっこうおいしい。見ての通り、気泡が目立ってせっかくのフラワーが台無し、といういかにも素人っぽい出来でも、ね。りんごの甘酸っぱい果汁がアーモンド粉にしみ込んだおいしさというのは、減らそうと思っても減らせられるものでもなかったりする。


あの日見上げた空はコバルトだった、大地は招いていた

20131027

 

蔵王ダムまで。蔵王ダムは、山間にひっそり佇む要塞みたいで異様な雰囲気だった。

コースとしては一本道を行って折り返すだけの単純なコース。そういえば、このへんは高校のマラソン大会で走ったのではなかったろうか。まさか蔵王ダムまで行ってはいないが、この坂道のどこか途中で折り返したはずだった。

20131027

 

その校内マラソンでは部活ごとに順位が出るのだが、僕の所属していた美術部は、今はどうか知らないが当時はなぜか毎年のように文化部で一位をとっていたのだった。だから自分たちの代で連覇を途切れさせてはいけない、なんていう妙なプレッシャーがあり、大会前にはくそ真面目に走り込みをするということをやった。少なくとも僕の他に一人か二人は、準備して大会に臨んだんじゃないかな。

まあそんな努力のかいあって、僕たちの代では文化部一位の座を守った。しかし文化部でマラソン一位だなんて、どれだけ誇れることなのだろう。だいたい文化部の連中なんてのはマラソン大会なんかちゃんと走ったりはしないから(仲間内でつるんで歩くか、限りなく歩きに近い速度でちんたら走るか)、何人かが真面目に走るだけでその部は自動的に一位になったのだろうと思う。それでも、僕らはときには真面目になったし、それを楽しんだ。いま振り返るなら臆面もなく輝かしいとさえいいたい高校生活の、思い出す日々の空はいつでも真っ青な晴天だった。今日のような灰色の重い空ではなかったはずだった。

20131027

 

帰りは千歳山万松寺に立ち寄って参拝してきた。奥の方に阿古耶姫の墓碑があるというので見にいった。苔むした石畳は、ビンディングシューズのクリートにとっては氷と同じだった。つるつる滑って非常に恐ろしかった。

20131027

 


ジャージが修理から戻ってきた

 

男鹿半島で思いっきりすっ転けたのは8月のことだった。アスファルトの上に吹っ飛ばされて、ジャージに大きな穴があいた。幸いにというかこのメーカーでは落車によるダメージは無償修理してくれるらしいので、穴あきジャージはメーカー所在国のイギリスに旅立っていった、と、ここまでは前に書いた。

その後のこと。忘れた頃にでもないけど季節が夏から秋へと移り変わった頃に、運送屋さんが何か海外からの小包を届けに来たと思ったら、それが修理されて戻ってきた僕のジャージだった。

どんなふうに直したのかなあと見てみると、穴の周辺部分——部分というよりわりと大きな面積を、同じ生地で継ぎはぎする形で直されていた。細かいほつれもていねいに繕ってある。でも、自転車のジャージは体にぴったり合わせたものなので、もしかすると縫い目が気になったりするのかな。まだ袖を通していないのでわからないけど。まあ大丈夫でしょう。

そんなことよりも、この「一つだけ」感はちょっとうれしい気がする。修繕されて戻ってきたこいつは、世界に一つだけのジャージになったのだ。メーカー下請けの小さな工場で働いているイギリスのおばちゃんが、手縫いで直してくれたのだろう。…というのはまったく想像でしかないが。

 

ロンドン郊外。秋になって急に寒さが覆い被さっている。今朝は一段と冷え込んだ、そう思いながらおばちゃんは職場に向かう。同僚とあいさつを交わしながら、いつもの自分の作業台につく。今日は何を縫おうか。世界の各地から送られてきた修理を待つジャージの中から、なにげなく目についた臙脂色のジャージを手に取る。ジャージを広げ、表と裏を交互に見ながら傷の状態を確かめる。どうやって直そうかと少し考えてみるが、悩むほどでもない。直す方法はいくつか思いつくけれども、経験から一つの筋道を瞬時に選んでいる。いちばん簡単な、目をつむっていても間違えない筋道を。

新しい生地をストックしている棚から、ジャージと同じ生地を探し出してきて作業台の上に広げる。はさみで適当な大きさに裁断し、それから計測したサイズに合わせて厳密に形を取る。マチ針でジャージに生地を仮止めする。ミシンの針に糸を通す。

お昼になったので、おばちゃんは作業の手を止める。お茶を入れて、持ってきたチーズとピクルスのサンドウィッチを食べはじめる。同僚の、よくしゃべる年下の女の子の話を聞きながら。

午後からまた自分の作業台に戻り、ミシンをカタカタいわせて生地を縫い付けていく。ミシンの音は心を落ち着かせ、神経を針先へ集中させる。縫いはじめてから完成まではあっという間だ。出来上がったジャージを見ていると、ささやかな満足感を覚えている自分に気づく。穴があいている衣服は、気持ちが悪い。それをちゃんと繕ってやることで、衣服が衣服としてよみがえるのだ。

伝票にサインをして、出来上がったジャージを「修理完了」と書かれた棚に置く。そしてまた、すり切れたジャージを一つ選んで持ち場に戻る。でも今日は一仕事してしまったから、明日から始めようかと思う。熱いお茶を入れ直して、隣の女の子に渡す。時間までおしゃべりでもしましょう、というように。

 

おばちゃんは、ミシンを扱いながら、このXSサイズの小さいジャージを着る自転車乗りのことを思っただろうか。東北の、男鹿半島の空気の匂いを嗅いだろうか。ジャージに聞いても答えは返ってこない。


小国町きのこサイクリング2013

20131019

 

先日落車したときのけっこうな鈍痛が肩に残っていたため、当日は棄権して療養したほうがいいのだろうと思われた。それが理性的な判断というものだった。にもかかわらず、なんとなく主催者にも連絡しないまま当日を迎えてしまうことになり、さあどうしよう、となった。まあいいや、参加すればいいじゃないか、自転車に乗れないわけでもない。生というのは痛みそれ自体なのだし、痛みは生きている証しなのではないか、そう思われた。だから僕らは自転車に乗るのではないのか、そう思われた。遊びをせんとや生れけむ、戯れせんとや生れけむ…。

 

まったく早起きなんか苦にもならなかった。まだ空が明るむ前に目を覚まし、ようやく朝の光が空に浸透していくころ、遠い遠い小国町を目指した。会場となる旧小玉川小中学校に着くと、すでに多くの参加者が集まっていた。

「きのこサイクリング」ーーそれがこの日走るサイクリングに付けられた名前だった。「きのこ」だとか「サイクリング」だとか、かわいく言っているけど内実はそこそこハードな山岳コースであった。(二年くらい前、まったく走り込みもせずこのサイクリングに参加して、つらかった)。だから、なんか参加者は速そうな人ばっか。

20131019

 

「タフマンコース」と「きのこコース」があるとのことだった。当初の予定としては前者を走ってタイムトライアルなぞにも挑戦しようと考えていたのだが、結局けがを慮って(というか日和って)優しめの「きのこコース」を走ることにした。どちらを走っても峠を行くことに変わりはないのだが。

朴木峠。飯豊山麓をバックにみなさんで記念撮影。

20131019

 

さて、ここから、小国の中心地へ下って、町中をパレード走行をするという。こういう粋な計らいには、いいね! を付けたいと思った。たとえ中心地というのが、人通りもほとんどないこのつつましくわびしい駅前のことを指すのだとしても。いや、駅前の商店の方々にはわざわざ店先に出てもらったりしていた。一軒一軒にいいね! を付けたいと思った。

20131019

 

謙虚な、質朴な景色の中を走った。静かで緩やかだった。東屋のあるエイドに到着し、支給された大福やパンを食べた。もう少し先の横川ダムに足を伸ばして、ダム見学をした。薄曇りの空の下は寒く、動いてないとすぐに体が冷えた。

20131019

地元の人にはそこここで道案内をしてもらい、その心配りによって安心して走れた。とはいえ僕は携帯も地図も車に置いてきていて、考えてみればこんなところで皆とはぐれたりパンクして走行不能状態に陥ったりしたら、たいへん困ったことになったのではないか。でもそんなに困ったことにもならないかもしれない、とも思われた。その根拠のない安心感はこのサイクリングの連携の良さから来るものであるか、あるいは単に僕の危機管理のなさから来るものなのか、その両方なのか。

 

20131019

 

で、また一つ峠を越えて、ゴールの学校を目指した。緩い上り坂が延々と続いた。道は伸縮するらしい。下ったときはそうでもなかったのが、上りに向かうときはどう考えても長かった。きのこコースのグループの中では一番手か二番手くらいの位置だった。そのもうひと方と、なんとなく競り合うような感じになった。別に競争するつもりはないんだけど、といった振りをしながらお互いに意識しているのは明らか、といった感じで、なんとか食らいつこうとしたのだが、最後は負けた…先に息切れ。結果、2位でゴール(これはレースではありません)。

ゴール後はお待ちかね、楽しいお食事会が開かれた。炭火のコンロでは岩魚が焼かれていた。だけど大会名に付けるくらいだから主役はきのこなのだった。舞茸のきのこご飯にきのこ汁が出た。おいしかった。外れなしの抽選会があった。ぶどうが当たった。

20131019

20131019

 

この「おぐにサイクリング」シリーズは、春に「わらびサイクリング」、秋に「きのこサイクリング」として開催されている。僕は今回で2度目の参加だった。

小国町なんて、こう言ったら怒られるかもしれないが山形のどん詰まりみたいなもので、だから取るに足らない土地だと思っていた。数年前は通り過ぎるだけの町だった。それが、これからは年に一回か二回、ほとんど楽園に向かうような、気持ちを高揚させて訪れる場所になるのかもなと、そんな予感。

 


山形国際ドキュメンタリー映画祭2013

20131012

 

山形国際ドキュメンタリー映画祭といえば、こんなに国際的な映画祭が(こんなに田舎の)山形で行われるなんてすばらしいというような言い方が決まってされているのかどうかは知らないけれども、隣の県で映画祭をやっていたとしたら行かないような気もしている僕なども家から気軽に自転車で会場に向かえているのだから、その点だけとっても地元開催の恩恵にあずかっているわけで、だからたいへん喜ばしい。3連休は3日間とも映画祭に行ってきた。

12日

メイン部門のインターナショナル・コンペティションの作品を上映している中央公民館に行く。まず最初に『なみのこえ』(酒井耕/濱口竜介監督)を観る。映画祭の中でこれは観ておこうとあらかじめ決めていた。これはいわゆる2011年3月の震災の記録で、といっても被災地の惨状を映すのでもなく、ただひたすらあの日の記憶を巡っての対話を記録していく、ほぼ会話だけの映像なのだがやっぱりこれはよかった。ただ話をしているだけの映像がどうしてこんなによいと思えるのか。親しい間柄ながらも自己紹介から始まる会話は、それがちょっと改まった対話の場を作り出している。人が人と面と向かって対話をするということの緊張感や困難さやそれでもやっぱりそこにある喜びのようなものが、観ている者にもありありと伝わってくる。個人的な経験として、私も震災後に被災地の取材をしたことがあった。だから、被災地でそこにいる人の話を聞くということについて、何かしら自分なりに思うこともある。そこでの会話なども思い出したりもする。作品を観ているあいだ、とても平静ではいられなかった。新地町編、気仙沼編を合わせて三時間超の長さの作品だったが、それだけの時間も感じなかった。上映後の監督との質疑応答のときに、あの正面からのショットの撮り方の説明があった。へえと思う。

タイムスケジュールを見ると、ちょうどもう1本見れそうなので、フォーラムに移動して『エクス・プレス』(ジェット・ライコ監督)を観る。フィリピン国鉄の、土砂災害ですぐに止まってしまう鉄道、鬼のように残忍な鉄道警察の男の話、鉄道にまつわる映像が重層的に絡まっていく、というような作品。最前列から二番目の席で観ていたらスクリーンをずっと見上げている格好になり疲れた。

13日

次の日は、午前中、自転車のトレーニングに行き、それから映画祭へ。ほどよい疲れに包まれて、これは眠ってしまうかもしれないなあと思いつつ。ところがそこで観た『パンク・シンドローム』(ユッカ・カルッカイネン/J-P・パッシ監督)はフィンランドの知的障がい者のパンクバンドを追ったもので、たいへん騒がしい映画で、眠気もどこかに行ってしまった。障がい者だの何だのというのを別にしてもとかく生きづらい世の中で、何ごともうまくいったりいかなかったりしながら生きている。人間はみんな惨め。ともかくやりたいことをやるのが一番だよなあというか。

続けて『チョール 国境の沈む島』(ソーラヴ・サーランギ監督)を観る。インドとバングラディシュの国境を流れるガンジス川の中州(チョール)に住む人々を撮った映画。国境という微妙な位置で、なおかつ脆い土壌も水流で徐々に削られていくというほとんど将来性も見えないような土地で、それでもそこで暮らさざるをえない過酷さ。
終映後、外に出るとずいぶん寒くなっている。昨日もそうだったからジャケットを一枚余計に持ってきていたのだが、その代わりにというか財布を忘れてきたのだった。一応お祭りだし、そんな気分で外食して帰ろうと思っていたのだが…家に帰ってわびしい食事。

14日

この日もまた自転車に乗ってきてから来たので(それも転んで怪我したんだって!)、だいぶ体がつらい。

『蜘蛛の地』(キム・ドンリョン/パク・ギョンテ監督)。場所は韓国の米軍キャンプ近くの寂れた町、3人の元売春婦を映し出す。すごい、ため息がでるなあ、という感じ。重いものを背負ってきた人間の疲れた表情。最後のほうで女性が演技しているというか演出された感が強くなってくるとちょっと飽きてきた。

上映後、監督の質疑応答は途中で切り上げ、フォーラムに移動して『うたうひと』(酒井耕/濱口竜介監督)を観る。先日観た『なみのこえ』の両監督の作品。この作品と『なみのおと』『なみのこえ』を合わせて東北三部作というらしいのだが、前二作は被災者へのインタビューである一方、本作は震災とは関係ない民話の採集が取り上げられている。話すことと聞くこと、対話するということを通して何かが伝わっていく、ということが根底において通じている。手法としても同じ感じで撮られている。これらの作品はドキュメンタリーといってもある意味ではかなり作為的に撮られていて、というか映像を撮るということがすでに作為的なものでしかないというか、よく考えられているなあすごいなあと思う。民話の語りはまさに「うたう」ようで、それを聞き続けるというのもたいへんよかった。

 

というわけで観ることのできた映画は6本でした。10枚つづりのチケットを買っていて、さすがに10本は観れないと思ったから知人に3枚譲っていたけれども、だから1枚チケットは余ってしまった。休みの日だけでなく仕事の日でも1本くらい時間が割けるとよかったのだが観れなかった。そんな状況は、休日のために平日を過ごしているという状況は悲しいといえば悲しいけれども、それでもたまにはこうやって映画を見たりしてその余韻に浸ったりもできるのだから、悪いことばかりではない。どうでしょうか。そうですね、悪くないと思いますよ、と、誰か言ってくれないだろうか。いくつもの対話を観たあとで、誰かと面と向かって話をしたいような気がしている。

ーー名前はhagi…といいます。山形に住んでいて会社員をやっています。会社ではいちおう写真を撮る仕事や、それ以外の仕事をしています。カメラマンといえば聞こえはいいですが、肝心の写真がヘタクソなので苦労しています。2年前の3月のあのときは……


揚げたてのカリーパンを食べに、銀山温泉へ

先日、Tさんから「揚げたてのカリーパンが食べたい」とメールが来た。銀山温泉ですか? いいですけど、「揚げたて」となると、それなりに早い時間じゃないといけないってことですよね。いや、けっこうなペースで走らないといけないんじゃないの…。お手柔らかにお願いします。

20131014

 

というわけで朝の6時半。自転車に乗って一漕ぎ、風の冷たさに身震いした。朝はもうこんなに寒いわけ? 寒さに耐えつつ、出発。天気は雲一つない晴天。

しばらく走って、村山の道の駅で小休止。そして背あぶり峠へ。ところがしばらく行くと工事で通行止め…だったのだが、今日は工事をしていなかったので脇からそっと通らせてもらった。

20131014

20131014

 

銀山温泉へ。

20131014

 

まっすぐ奥まで行ってカリーパンの店。1個180円のカリーパンを、まあ揚げたてといって差し支えないだろうそれを、ともあれ齧る。なんだこれ、うまい…。いや正直、カレーパンねえ、と冷ややかに思っていたのだが、食べてみるとやけにおいしくて。続けて2個食べた。

20131014

 

でまあ、その帰り道のこと。もう少しだな、12時には家に着くなってところで、こともあろうに、すっ転けてしまった…。

その衝撃で、前輪のタイヤが裂けてパンク。それでチューブを交換して、ボンベで空気を入れようと思ったら、パン!と派手な音を立ててチューブが破裂。タイヤの裂け目からチューブが飛び出してしまったという。

Tさんからチューブを借りて、今度は手動のポンプでちょっとずつ空気を入れてみるが、ほんの少ししか入れることができないのである。これはまずいでしょ。恐る恐る、再びパンクしないことを祈りつつ時速15kmくらいのスピードでソロソロ帰る。

そういや、自転車に乗りはじめて最初の遠出が銀山温泉で、そのときもトラブルがあったのだった。銀山温泉は鬼門なのか…(というかどっちもただの不注意だろっていう)。いやはや今年2回も落車してしまった。慣れてきて気が緩むのかなあ。非常によろしくないことだ。反省しよう。

32180010

 

なんとか帰ってこれたが、肩を強打して痛い…。しかし今日も今日とて映画祭へ。

 


大沼の浮島

朝日町に浮島稲荷神社というのがあるらしい。前に朝日町を通ったときに標識で見かけて、若干気になったので行ってみることにした。場所も距離もちょうどいい。山辺町で山越えして、朝日町でもうひと上りするくらいが、僕にとってはけっこういいトレーニングになるのだ。

20131013

 

さて、浮島稲荷神社である。行ってみると、なんというか非常に雰囲気のある場所であった。背の高い杉が立ち並び、日が遮られて薄暗く、冷ややかな空気をまとっている。ひっそりとした物寂しさ。鈴をガラガラ鳴らせて、手を合わせる。何かを祈る振りをする。祈りたいことは、あるようでない。ないようである。

20131013

20131013

 

神社から段々になった湿った道を下っていくと、沼がある。浮島というくらいだから、島が浮かんでいるんだろうけれども。あの鳥居の島がそうだろうか。いや、あれは浮かんでなんかいないよ、きっと。

20131013

 

なんというかな、どことなく不気味で、どことなく変な魅力のある場所だな。まあこんなところは、自転車でもなかったらわざわざ訪れたりはしなかっただろうな。そんなに有名な神社でもないし、特別な見所があるのでもない。浮いているのか浮いていないのか判然としない浮島があるだけだし。

20131013

 

栗がたくさん落ちている。だけど中身はあらかた採られている。

20131013

 

自転車は、(少なくとも僕の場合は)自転車に乗るというそのこと自体が第一で、どこに行くとか、行って何をするとかっていうのは、どうでもいいとまでは言わなくても、みんな二の次みたいなもので、だからこそ、こういう日の当たらない場所に出向いてみるのも、わりといいのかもしれない。なんでもない場所の、なんでもない物語を汲み取っていきたいとも思うのだ。

20131013

 

帰りに立ち寄った大江町の道の駅では、久しぶりにチヂミを焼いていた。キムチもサービスしてもらって満足。でもここの道の駅では「納豆もち」を食べている人がけっこう多い。主にお年寄りの人がね。みんな食べてるんだよな。今度はもちにしてみようか。

20131013

 

帰ってお風呂に入りにいってリフレッシュ、それでもってドキュメンタリー映画祭を観にいくのだ。ああ疲れた。上映中に寝てしまうかもな。

 


スイートポテトをつくった

20131006

 

さつまいもの裏ごしの、この苦労はなんなのか、と思う。

ネットでスイートポテトのレシピを検索すると「裏ごししないでさつまいもの固まりがあっても、それはそれでよろしい。好みの問題である」というような意見も散見されたけれども、個人的な好みからいったら「それでいい」と思うことはないんじゃないかと想像できる。なので、裏ごしをしないという選択肢はなかった。とはいえそれでも、そんなに苦労してまでつくらなくてもいいんじゃないのそもそもの話、という、製作においてのささやかながら根本的な疑念は、いつでも何をつくっていても生じるのであった。