『アメリカン・スナイパー』を観た

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毎週TSUTAYAに返しに行っては借りてくるというレンタル連鎖がストップしたので今週は何も見ずに一週間が過ぎるかというところだったけれど、昨日の金曜日は映画館にクリント・イーストウッドの最新作『アメリカン・スナイパー』を観に行った。

実在した軍人の伝記映画というくらいに分かっていただけで、ほぼ予備知識がないままで鑑賞。なんとなくアメリカの政治学的なものを踏まえていないと十分な鑑賞ができないのではないかと構えていたのだったが(実際そうなのかもしれないのだが)、私のようにその辺りのアメリカ社会の事情に疎い人間でも最初から最後まで圧倒されっぱなしで、非常に心を揺さぶられる映画であった。でかい装甲車がどかどか走る感じ、銃声がバキュンバキュン飛び交う感じなどがとてもリアルで(もちろん本物の戦場など知らないけれど)、これは劇場で見るべきだなと。映画の結末は、なんと製作中に起こった事件の結果であるという。これなど、ほとんど神がかっているように思える。

今日で2月も終わり。来週からは少し忙しさが増す見込みであり、すでに気が重い。困ったことである。この休みで英気を養いたいところであるので、ジムに行ったあとプチノエルへ行きめちゃくちゃ柔らかくておいしい牛タンシチューを食べてきた。デザートで出していただいたシフォンケーキもとてもおいしかった。ネグリタのダブルアロマとかいうラム酒を使っているらしい。香りがぜんぜん違う。


忘却はより良い前進を生む…

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今週観たDVDを書き出そうとしたら、最初に観た映画がなんだったのか全く思い出せない。

『・・・』
『エターナル・サンシャイン』(ミシェル・ゴンドリー監督、2004)
『華氏451』(フランソワ・ トリュフォー監督、1966)

DVDはもう返してしまっているし、レシートもメモも何の記録も残っていない。というかタイトルも内容も本当に1ミリも思い出せないのが信じられない。何も観ていなかったのではないか、と思うほどである(ただ3本分のDVDがあった、というのは覚えている)。

ああ、その次に見た『エターナル・サンシャイン』は記憶を削除する男女の話で(こちらはかろうじて覚えている)、そのなかで掲題のニーチェの言葉が引用されていたのだが…。今週のことなのに記憶がすっぽりないというのは、前進どころか、ちょっとやばいんじゃないか…。

(追記)
観た映画は『JUNO/ジュノ』(ジェイソン・ライトマン監督、2007)でした。あまり気になったのでいろいろ調べてTSUTAYAのサイトで履歴を見れた。


最近の日記(〜2/14)

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だいぶ雪が溶けてきたなあと思っていると、またまとまった雪が降る、といった調子で、まだロードバイクに乗れる感じでもない。引き続きジムに行ったりDVDを見たりしている。今週と先週見た映画は以下。

『ゼロ・グラビティ』(アルフォンソ・キュアロン監督、2013年)
『MUD』(ジェフ・ニコルズ監督、2012年)
『オールド・ボーイ』(スパイク・リー監督、2013年)
『それでも夜は明ける』(スティーヴ・マックイーン監督、2013年)
『野いちご』(イングマール・ベルイマン監督、1957年)
『処女の泉』(1960年)
『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』(アレクサンダー・ペイン監督、2013年)

一週間を映画とジムの半分に分けるなら、ジムも7回行かないといけないのだが、こちらはそれほど行けなかった。(ジムのタダ風呂ーーいや月会費を払っているのでタダではないーーには毎日行ってる)

あとは、『ゴーン・ガール』がたいへんおもしろかったので原作小説の方も読みはじめました。ネタバレしてない状態で読めたらもっとハラハラして面白いのだろうなと思うけれども、こればっかりはしょうがない。まっさらな状態で先に映画を見れたのはよかったです。

経済の破綻はぼくの精神状態とも完璧にマッチしていた。ここ数年、ぼくは退屈しきっていた。それは落ち着きのない子どもが訴えるような退屈さではなく(それからも卒業しきれてはいないが)、もっと重苦しい、全身を覆うような倦怠感だった。ーー『ゴーン・ガール』


ポンヌフの恋人

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1月31日、土曜日。歯医者に検診に行く。前回行ったときからだいぶ間が空いてしまい、ちょっと歯の感じから治療が必要だと覚悟していったのだが、特に問題はなかったのでよかった。注文していたホイールが入荷したと連絡があったので、早速、自転車を車に乗せて持っていった。夜、鶏肉とマッシュルームのキッシュを焼いた。夜は雪がものすごく降った。

日曜日、2月。小学校からの友人と久しぶりに会った。結婚するのだという。結婚式の招待状を持ってきた。私の住まいにも案内し、ちん豚でかつ丼を食べた。

夜、『ポンヌフの恋人』(レオス・カラックス監督)を観る。
ポンヌフには僕も思い出がある。10年くらい前、パリに行ったとき、ある女性とポンヌフ橋で待ち合わせをしたことがあった。お互いに旅先だった。もしかすると同じ時期にパリにいるんじゃないか、ということで、連絡もうまく取れないなか、ネットカフェでメールを送ったりして、うまく行けば会えるし、時間になっても来なかったら待たないでそれっきりにしましょう、みたいな感じで約束したのだった。当日、なんとかパリに着いていた僕は、橋のたもとで待っていて、時間がきて、ああやっぱり会えなかったなあと思っていたところに、その人は橋を渡って歩いてきた。これってけっこうロマンチックなことだったんだなあと後で思った。


一日一日を大事に生きている

「一日一日を大事に生きている」と堀越二郎は言ったけれども彼がやっているのは仕事だけであったように見えた。私も一日一日を大事に生きたいと願っている。だが堀越のように仕事に打ち込めるとも思えない。そうかあ、だからダメなのかなあ、などと考えつつ、今週もまた、仕事をそそくさと切り上げてジムでエクササイズに励むのとDVDを見る日を交互に送った。ジムの方はあいかわらずで、なんということもない。今週観た映画は『風立ちぬ』(宮崎駿監督)と『第七の封印』(イングマール・ベルイマン監督)。読み終えた本は内田百閒の『御馳走帖』。

『風立ちぬ』はよかったけれども、なんだか気味の悪い映画だなあと思った。「天才の天才による天才のための映画」と言っていたのを何かで見たけれど、まさにそんな感じで、嫌な感じだなあと思った。「美」のためならそれ以外のことなんか(人が死のうがなんだろうが)知ったこっちゃない、というのは、天才の天才たる所以なのかもしれないが、これはたいへんに残酷で、ぞっとさせられる。最後の方で、堀越二郎の集大成である零戦が出てくる場面がある。このシーンでの零戦の動きは、これまでの航空機とは一線を画す動きで、たいへん美しく感じさせるのだが、もちろん零戦というのはたいへんな殺戮機でもある。

『第七の封印』は、中世ヨーロッパの十字軍遠征から帰還した騎士が死神と生死をかけてチェスをするという、哲学的思索的かつ詩的味わいに富んだ映画である。純朴な旅芸人の夫婦がとってもいい。

『御馳走帖』は前から少しずつ読んでいたのだが、内田百閒の文章がとてもいい。こういう、文人が食について綴っているのを読むのはけっこう好きである。おいしそうだし。特に内田百閒は食にこだわっているんだかいないんだか、好き勝手にやっている感じがとてもよかった。


That is the purpose of life

週末日記。土曜日。朝、散歩、天気がいい。青空が出ている。光が雪に反射して眩しい。TUTAYAに行くと準新作が100円だったので、準新作だけ選んで借りる。店先で椅子とテーブルを並べているパン屋があって、冬の間はビニールのカーテンで仕切りをして中でヒーターも焚いている。パンを買って店内でコーヒーをもらって、そのビニールハウスみたいなところで休憩をする。寒いといえば寒く、でも今日などはそんなに厳しい寒さでもないので、置いてあるブランケットを借りて、少しそこに居て本などを読んでいた。

午後、ジムに行く。今日はまあまあ調子がよく、いつものエアロバイクは最大心拍数の70〜80%くらいで収まる。

夜、キッシュを作るなど。キッシュは焼いてすぐ食べようと思っていたけど、生地を作っておくのを忘れたので出来上がりが遅くなった。なので、夜ご飯は買い置きのピザを食べた。

夜、借りてきたDVDで『ブルージャスミン』(ウディ・アレン監督)を観る。途中で眠くて寝る。

日曜日。部屋の片付けに取りかかる。どうにもこうにも片付けがしにくいなあという感じで、どうしてかと考えたのだが、ものを収納する箱とか棚とかが一切ないからなんじゃないかと思った。だからものの定位置が定まらず、いつも机やソファや床の上にごちゃごちゃに置いてあるのだ。でも収納家具などを導入したらしたで狭い部屋をより狭くしてしまう気もするので、一番いいのはやはりものを持たない、置かない、片っ端から捨てていく、ということである。方針が決まったところで疲れてやめた。ジムに行った。

『LIFE!』(ベン・スティラー監督)を観る。最高によかった。「LIFE」誌の写真管理部に勤務するウォルターの冒険譚である。最終号の表紙を飾る写真のネガが見つからず窮地にたたされたウォルターが、ネガを送りつけたフォトグラファー、ショーンに会うため世界へ旅に出る。地味な仕事に従事し、若い上司にばかにされ、臆病で女性に声を掛けられない…「どうせお前もこんな奴なんだろ」というかのような、いかにも共感を得ようとする製作者の意図が透けて見える主人公の姿だが、私もたいへんうだつの上がらない人間なので(そして写真にかかわる仕事も多少しているので)、大いに共感し、感情移入し、爽快感を覚えた。ほんの少し勇気でもってこの退屈な日々から一歩外れたとき、人は自分の人生を素晴らしいと思うのだろう。


平日日記(1/19〜23)

月曜日。雪。ソーセージともやしを入れて焼きそばを作り、白菜をコンソメで煮てスープにして夕飯にした。

火曜日。ジムに行く。エアロバイクでいつもの負荷で漕ぐ。この負荷だとそのうち必ず「心拍数が高すぎます」の表示が出てしまう(たぶん最大心拍数の90%?に達すると出る)のだが、今日は一度も出なかった。心肺機能が強化された。帰って、昨日の焼きそばの半分を食べる。

水曜日。スーパーで買った鍋焼きうどん、ピザで夕食(組み合わせはどうかと思う)。夜、DVDで『ココ・アヴァン・シャネル』を観る。シャネルの伝記映画。

木曜日。ジムに行く。エアロバイクでいつもの負荷で漕ぐ。一昨日と同じ負荷なのに、あっという間に心拍数が高くなり大変苦しかった。汗もダラダラと吹き出し、そのまま続けていられないほどだったので負荷を下げた。心肺機能が衰えた。この辺の心拍数とか適当に見ているだけなので、本当はちゃんとした科学的な心拍トレーニングのやり方を覚えたほうがいいのかなあと思う。帰って夕食。おでん、ハンバーグ、白米。

金曜日。おでんの残り、のり巻き。マックに行きチーズバーガー1個とコーヒー。日記を書いてブログを更新した。


全ての装備を知恵に置き換えること

週末日記

土曜日。朝に本を読む。石川直樹『全ての装備を知恵に置き換えること』を読む。活動の規模はぜんっぜん違うけれども、私が自転車に乗るのも要は冒険なのだと思っていて、だから、ほとんど宗教なんじゃないか、みたいなところもある次の文章も、けっこう分かる気がするというか、やっぱり私の実感とどこかで通じているように思う。

正面にあるチョモランマの頂上ピラミッドを見つめながら、やがてその直下に立って頂きをを仰ぐまでの時間、それは人生の幸福といってもいい。宇宙と対面し、発する光を全身に浴びて歩くこと。たとえそのすぐ先で滑落しようとも、この瞬間瞬間に確かに自分が存在していることが、ぼくにとって生きている喜びなのだと思った。

日曜日。いろいろと用事を足すのによく歩いた日。サイズが大きくて歩きにくいと思っていたブーツも靴下を2枚履いて紐をきつく縛ったら具合が良かった。歩いてDVDを返しに行き、また借りて歩いて帰る。歩いてジムの風呂に行く。

夜、DVDで『ヤング・ゼネレーション』を観る。とてもいい映画。自転車好きでイタリアかぶれの主人公デイブがかなりいい奴。ああ自転車、超好きなんだなっていう感じで。そのデイブとつるんでいる、大学にも行けず、かといって仕事もせず悶々と悩んでいるダメな仲間連中もまたいい。最後にチームで参加する自転車レースもあからさまにやる気がなく、デイブが怪我をしたからしょうがなく走るくらいで、結局はデイブ一人しか頑張っていなくて、でも優勝して皆でわあーっとなるのがいい。